世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
古城パーティーで食べた驚きのリゾット|世界のリゾット

古城パーティーで食べた驚きのリゾット|世界のリゾット

2021年4月号の特集テーマ「シンプルパスタ」の中で、美味しいリゾットのつくり方もご紹介しました。旅行作家の石田ゆうすけさんは、リゾットにあまりいい印象を持っていなかったようですが、とあるド派手な体験を経てその認識を改めたといいます。リゾットの美味しさに目覚めたエピソードとは――。

人生を楽しむ達人

以前この連載でお粥が苦手だと書いたのだが、実際、お粥的なものを自分から求めることはまずない。今回のテーマのリゾットも同様だ。
だが、イタリアにいた約3週間のあいだに一度だけリゾットを食べる機会があり、自分の認識が大いに間違っていたことを知った。またその“機会”というのが少々常軌を逸していたのだ。

ミラノに住む友人Nを訪ねたときのことだ。再会の挨拶もそこそこにNはこんなことを言った。
「明日古城でパーティーがあるんだ。一緒に行こうぜ」
なんでも、Nの友人に財を成した者がいて、その男の婚約発表会を彼の所有する古城で行うということらしい。
古城パーティーというだけでそそられるが、見ず知らずの僕なんかが行っていいのだろうか。そう尋ねるとNは笑って言った。
「人が多いほうが楽しいに決まっているじゃないか」
さすが、人生を楽しむことにひたすら情熱を傾ける国。結局パーティーに参加することになった僕は、そのイタリアニズムをますます肌で感じることになった。

まずは服装規定があった。参加者は全員、70年代のレトロな格好をするようにとのことだ。わけがわからないがやるしかない。派手な柄の入った民族風のシャツをNに借りる。Nは真っ赤なパンタロンと袖口に花飾りのついたシースルーのシャツをこのパーティーのためにわざわざ買っていた。

古城は小高い山の頂上にあった。白い石造りの立派な城で、まわりには家も何もなく、深い森に囲まれている。維持管理が大変だろうな、などとつい夢のないことを思ってしまう。
参加者はみんなきちんとおかしな格好をしていた。かなり高齢のお爺さんまで張り切ってヒッピー風の珍妙な服を着ている。そのノリのよさに感動すら覚えたのだが、これはまだ序の口で、パーティーにはもっとわけのわからないものが用意されていた。参加者は4つのチームにわかれ、ミュージカルを即興で上演し、競い合うというのだ。

僕もしっかりメンバーに加えられていた。演目は「ミス・サイゴン」で、僕に与えられた役はヒッピーだ。夜の本番に向け、昼から稽古をやった。プロのミュージカル俳優が2人ずつつき、彼らの演技指導のもと、リハーサルを繰り返す。イタリア人は生まれついての俳優といわれるが本当にそのとおりで、みんな照れもせず迫真の演技をする。
稽古があまりに真剣だったので、今日の集まりはミュージカルのための会であり、だから古城なんだなと理解するようになっていたのだが、そうではなかった。あくまでもパーティーの主眼は婚約発表であり、ミュージカルはやはり余興以外の何ものでもないらしい。ディナーの段になってそのことを思い知った。

日没後、各チーム稽古を終え、中庭に設けられたパーティー会場に全員が集まると、ホストと婚約者が現れ、割れんばかりの拍手が起こり、出張料理人のディナーがふるまわれた。招待客が多いこともあってか、ビュッフェ形式だったが、そのぶん品数も多く、プリモ(第一皿)だけでもパスタ数種類に加え、リゾットがあった。自分から注文することはないが、ビュッフェなら話は別だ。とりあえず全種類食べないと。そうして皿によそったリゾットを口に入れると、「日本で食べていた“イタリア粥”は一体なんだったんだ?」と目を丸くした。まったく別物ではないか。まず、米が柔らかくない。見た目はスープにまみれてドロッとしているが、米自体はむしろアルデンテといっていいほどの固さだ。ブロード及びチーズの旨味とコク、それらが絡んだほどよい米の歯ざわり。リゾットってこんな料理だったんだ。

ほかの料理もすべて神経が行き届いていてきわめて上質、ちゃんと婚約発表会だったんだ、と感心しつつ、ワインもクイクイ進んでいい気分になった頃に、ミュージカル大会が始まった。どのチームも人生の喜びを体現するかのように一生懸命歌って踊り、目立ちたがりやのイタリア人たちはアドリブを入れることも忘れず、会場は爆笑に次ぐ爆笑。僕も「ヒッピーその1」という、まあ早い話がエキストラの役を上機嫌でこなした。

4チームすべての上演が終わり、最優秀賞が発表されたあとは、これも70年代に合わせてなのかビートルズのコピーバンドがド派手な演奏を始め、真っ暗な森の中の古城は光と音にあふれて爆発したような騒ぎになり、僕は終日「なんだこりゃ?」と笑いっぱなしだったのだ。
食も遊びも徹底的に、真剣に。人生を楽しむ奥義は、たしかに詰まっていたのだった。

文:石田ゆうすけ 写真:長野陽一

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。