カレーが大好きで、日々カレーを食べ歩く松尾貴史さんが今回訪れたのは、渋谷の老舗カレー店「ムルギー」。デビュー間もない頃に惚れ込んだというその魅力とは。
私がデビューして間もないころ、司会を担当していたラジオ番組に、こちらもデビューして間もなかったシンガーソングライターの上田浩恵さんがプロモーションでトークコーナーにゲスト出演し、楽曲がかかっているところで世間話になって、「好きなカレー屋さんはどこですか」という、全く今もその頃から進歩していないなあという質問をぶつけた時に、「道玄坂の途中を入って曲がったところに、おじいさんがやっている美味しいカレー屋さんがありますよ」と教えていただいた。
今なら店名を聞けば最寄りの駅名と合わせて検索して場所を知ることは造作もないが、当時は携帯電話もインターネットもグルメサイトも存在しない世界だった。私のマンションの固定電話番号をお伝えして、帰宅後にファクシミリ(その当時、一般的には最先端だった)にイラストレーション付きで書いて伝えてもらったのが、渋谷の「ムルギー」だった。「ご高齢なので早く行った方がいいですよ」というアドバイスまで添えられていた。
最初に行った時には少々怖気付いた。店が怖いというわけではなく、まるで大人の街の奥にあるので、ウブな私は何か変なことを目的に歩いているのではないかとみられる恐怖心があったのだ(今は皆無)。
マッターホルンかモンブランかというとんがり山の形状に盛りつけられたライスには、初代店主の持っていたであろう高い理想を感じたのだった。絶妙の風味と辛さ、付け合わせの漬物との相性と褐色のチャツネの甘味、一度で惚れ込んでしまい、近くに行く用事があると、スキを見て駆け込むようになった。それからは、「たまご入りムルギー、辛口で」というのが私の定番になった。
今では、お嬢様だろうか、家族的な雰囲気の美女が切り盛りされている。
黄色と赤色の漬物は自分で追加できるようになっていたが、最近はコロナ感染防止対策でホイルのカップに小分けで提供されるようになった。もちろん、おかわりには快く応じてくれる。世情は変わっても、長く久しく続いてほしい老舗の食文化だ。
文・写真:松尾貴史