居酒屋の定番メニューの中でも、家庭でつくるのが難しい料理といえば、「もつ煮込み」でしょう。「とりあえずビールと煮込みね!」なんて気軽に注文しがちですが、とにかく手間と時間がかかる料理なんです。2021年2月号「煮込む。」特集、「東京もつ煮名鑑2021」では都内の酒場を60軒以上食べ歩き、厳選したもつ煮の名店13軒を案内しています。その中から、今回は大森の地で長年愛され続けるもつ煮酒場の名店を、本誌に収まりきらなかったエピソードも交えつつご紹介!
縄暖簾をくぐり引き戸を開けるとドーンとコの字カウンター、中央には巨大な鉄鍋にあふれんばかりの煮込みが湯気を立てている。大森の地で、長年呑み助たちに愛されてきた酒場が、「煮込 蔦八」だ。
1970年創業の「煮込 蔦八」は、2015年3月に惜しまれつつ一度閉店した。しかし、この煮込みを愛する常連でもあった現オーナーが半年後に再開させ、変わらぬ味を引き継いでいる。筆者が最初に訪問した頃は先代の夫婦が営んでいた頃。一升瓶が逆さに据えられた当時の燗付け機はもう無いが、渋さの極みの店の雰囲気はそのままに活気が戻って、“レシピ”の伝承の意義を一番身近に感じる場所となった。
名物の煮込みは新鮮な牛もつが材料。シロ、フワなど数種を、醤油と合わせ味噌のシンプルな味つけで煮込んでいく。八割方煮込んだら大鍋に移し、アクを取りつつ豆腐と煮玉子を加え、口開けには満タンの大鍋がお客を待つという寸法だ。舌の上で脂がとろけるプリップリのもつは、コクがありながらもすっきりとした味わい。
開店直後は文字通り満タンの大鍋が壮観、素材の味がコントラストよくキリっと立つ。そして、遅い時間には鍋底にコッテリ真っ茶色、すべてが濃縮され染み込んだ味へと変化する。どちらの味も捨てがたいが、やはり両方とも常連には愛されているそうだ。
駅近の飲食店街という立地もあり、近くのお店の方や仕事帰りの人のテイクアウトも多い。日本酒やビール、またモツと言えば、のホッピーとの相性もバッチリだが、ここはやはり、地元大森で製造されるバイスサワーで乾杯といこう!
文:田中邦和 写真:渡部健五