日々カレーを食べ歩く松尾貴史さんの新連載「カレードスコープ」。第一回は、あの伝説の“蔦カレー”を再現した東京・八丁堀「ラティーノ」のお話です。
30年以上前になるだろうか。広告代理店の知人から、「やる気の出るカレー食わせたるわ」と連れて行かれたのが、日本橋室町、三越の向かいにあった「インド風カリーライス」だった。これが正式名称なのかどうかは不明だが、蔦に覆われた二階建ての店舗入り口にかかっていた看板にはそう書かれていた。
ルーというか、グレイビーと言うか、当時はまだ珍しかった、スープのようなサラサラのカレーで、一口食べると旨味と同時に鋭い辛さが広がる。豚肉、玉ねぎ、にんじん、じゃがいもという、いわゆる「家カレー」の王道の具材だが、その大人の味で一気にアドレナリンの流れが変わったような気がして、「やる気」の意味が理解できた。一度で大好きになり、その後も午前10時台から開店していたので、朝の生放送終わりで週に2度、3度と通うようになった。
辛さをまろやかにするためだろう、ターメリックの黄色い輪染みのついた卓上には粉チーズが置かれていた。水はアルマイトのやかんから注ぐ。壁には、「まだまだ完成形ではないので日々精進」というような意味の張り紙があった。珈琲もあったが、2回くらいしか頼めなかった。そういう雰囲気ではなかったのだ。
2007年、惜しまれつつ閉店したが、あの味を懐かしむファンは今も多い。
八丁堀近くの「ラティーノ」は、なんと当時の味を、そっくりに再現してくれている。3年ほど前から提供を始めたそうだが、上記の通称「蔦カレー」のご主人の息子さんが、偶然通りかかって食べるという運命的なことがあったそうだ。値段は敬意を払って元祖より低く抑えているのが奥ゆかしい。
文・写真:松尾貴史