100kg近くになる魚体もいるというその怪魚は、高級魚として知られている。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
広くクエの名で呼ばれるが、主産地のひとつである九州では「アラ」の名で親しまれている。暗褐色のまだら模様があり、これが垢で汚れているように見えるから、それを意味する言葉「垢穢(クエ)」からつけられたという説がある。怪魚たる理由はその模様だけではなく、とにかく巨大なのだ。100kgに迫るものもある。もっとも最近はクエ料理の人気が高まるにつれて乱獲ぎみなのか、数十キロの大物はめったに見られなくなってしまったが。
その生態をひと言でいえば無精である。沖縄の海では「ホンソメワケベラ」という小魚がクエの口に出入りしても、追い払おうとしないのだそうだ。歯についた食べかすを食べさせているらしい。昼間は岩棚や岩穴に入り込んでめったに出てくることはない。海中の地形をよく知る漁師はそのあたりに延縄を仕掛けてクエを釣り上げる。熟練を要する漁だから水揚げ量が少なく、また特別に美味ということもあって最近では高級魚として知られるようになった。
確かに「うまいから食え」から「クエ」の名があるとうそぶく人もいるほどの美味である。大相撲の力士たちが九州場所を特に楽しみにしているのは、クエのちゃんこ鍋が食べられるからだといわれるほどだ。煮魚もから揚げもうまい。クエは捨てる部位がごく少なく、九州の料理人は肝、エラ、胃袋、腸でさえ見事なゆで物に仕上げる。
そんな数あるクエ料理のなかでも特筆すべきは「しゃぶしゃぶ」だ。煮たった湯に厚めのそぎ切りをさっと通してポン酢醤油で味わう。白身の弾力性がほかの魚とはケタ違いである。脂ののった身はイノシシの肉に食味が似ているかも知れない。佐賀県唐津市の魚好きたちはクエのしゃぶしゃぶをことのほか好み、「アラは鍋よりもしゃぶしゃぶに限る」と断言する。残り汁で作る雑炊も絶品であることは言うまでもない。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏