世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
中国のド定番メニュー「西紅柿炒鶏蛋」(トマトと卵の炒め)|世界のおいしいレシピ②

中国のド定番メニュー「西紅柿炒鶏蛋」(トマトと卵の炒め)|世界のおいしいレシピ②

2021年1月号の特集テーマは「おいしいレシピ100」です。世界を自転車で一周した石田ゆうすけさんは、その経験をもとに講演を行っています。ある日、小学校で講義をし料理を教える機会があったといいます。そこでつくった中国のド定番メニューとは――。

素材を組み合わせて生まれる"1+1=2"以上のおいしさ

自転車世界一周という旅行を終えて7年半ぶりに日本に帰ったある日、小学校で教師をしている友人から電話がかかってきた。
「夢をテーマに講演してよ。で、そのあと子供たちに料理を教えてくれへん?」

荒れた学校らしい。地域的に厳しい家庭環境の子供が多く、育児放棄に近い状態も少なからずあり、毎日インスタントラーメンしか食べられない子もいるという話だった。

親を変えるのは難しい。ならば子供たち自身が力をつけなければならぬ。夢を持ってもらいたい。活動の基本となる食からせめて変えていこう。つくる喜び、食べる喜びを通して、人間形成につながれば。
熱血教師である友人の真剣な思いに、僕も感化された。

小学生でもつくれるくらい簡単でおいしく、栄養価の高い料理、そしてどうせなら世界で出会った料理、と考えたとき、頭に浮かんだのが「西紅柿炒鶏蛋」だった。シーホンシーチャオジーダンと読む。こう書けば何やら本格的な中華のように見えるが、「西紅柿」はトマトで「鶏蛋」は卵、なんのことはない、トマトと卵の炒め物だ。

中国ではメニューにこれをのせていない店を探すのが難しいくらいド定番で、僕もまあよく食べた。
一方、日本の大衆中華料理店ではあまり見かけないが、レシピが簡単すぎるために、店でお金を出して食べるものじゃないとして定着しなかったのかもしれない。
僕も最初聞いたときは全然そそられなかった。だいたい味の想像がつく。

なのによく食べることになったのは、中央アジアのキルギスで会った、ある日本人旅行者が関係している。
日本を目指してユーラシア大陸を東へ走っていた僕とは逆に、彼は日本から西へ、中国を横断して中央アジアに入った。大学で中国語を学び、中国を旅してきたばかりの彼は、これから中国に向かう僕にお薦め料理の一覧を書いて渡してくれた。その中に「西紅柿炒鶏蛋」があった。トマトと卵の炒め物だという。
「そんなのがお薦め?」
「これが旨いんですって。ま、騙されたと思って一度」

中国に入った僕は、実際、騙されたと思って頼んでみた。彼の言うとおりだった。中華スープが入った卵はコクと旨味をたっぷり含んで、ふわふわと柔らかい一方、噛めばキシュキシュとした小気味よい歯触りもあり、そこにトマトの酸味と甘味、そしてジューシーさが加わってなんとも好相性、調和して互いを高め合い、"1+1=2"以上の、新しい旨さが広がっていた。見た目も美しい。子供たちも好きな味だろう。

本番の前に練習でつくってみた。するとどうも違う。中国の「西紅柿炒鶏蛋」にならない。単にトマトと卵を炒めただけで、"2"以上になっていない。トマトと卵がうまくハモらないのだ。油と旨味調味料が原因かなと思った。

日本人が見れば引くぐらい中国人は油を大量に使う。その油が卵にふわふわキシュキシュの食感を与え、料理全体をまろやかなコクで包む。
くわえて、安食堂では旨味調味料も無遠慮に積極的に使う。たしかに味はまとまる。「西紅柿炒鶏蛋」はシンプルな料理だけになおさら旨味調味料が果たす役割は大きいのだろう。
しかし子供たちには、あの白い粉や大量の油で安易に味をつくりあげるレシピは伝えたくなかった。
スープの量や炒め方を変えながら、試作を繰り返して最適解を求め、本番を迎えた。

講演は世界の絶景をスクリーンに映しながら行うため、子供のウケはいい。スライドを繰るたびに歓声が上がる。「西紅柿炒鶏蛋」にまつわるストーリーや、1+1が3にも4にもなる味の妙も語った。
次いで料理だ。壇上から降りて調理実習室に入り、「西紅柿炒鶏蛋」のほか3品ほどのレシピを伝え、各班に分かれて調理する子供たちを見てまわる。
予想とは裏腹、みんないい子だった。こちらの言うことをよく聞くし、まじめにつくる。とくに問題があるとされている子たちも素直な態度で、率先して作業していた。
「全然問題ないやん」
友人の教師にそう耳打ちすると、彼は少し困惑した表情で言った。
「だから難しいんです。外面(そとづら)と裏の顔が違うので」
「………」

実食タイムになり、子供たちのつくった「西紅柿炒鶏蛋」を食べた瞬間、「ああ、やっぱり」と僕は内心落胆した。単なるトマトと卵の炒め物になっている。"2"以上の広がりがない。失敗だ。まずくはないが、特別おいしくもない。
ところが、あちこちのテーブルで、食べた子供たちの顔が輝いていくのだ。
「うま~!」「おいしい~」
その笑顔は、心からのものだと思えた。

料理の情報を先に頭に入れてから食べる演出が奏功したのかもしれない。自分たちでつくったものを食べる楽しさも加味されただろう。でもやはり……普段食べているものが大きく影響しているのではないか。
手料理の味が子供たちに受けたことはうれしかったが、料理の講師としては複雑だった。

その後しばらく、友人は会うたびに「あのあと子供たち、何度も話してましたよ。旨かった、旨かったって」と言ってくれた。
僕は苦笑しながら、ただ、胸にかすかな温もりも抱いていた。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。