カルパッチョの真実~すべての皿には物語が隠されている~
"ガトーショコラ"ってどんなケーキ?|カルパッチョの真実⑳

"ガトーショコラ"ってどんなケーキ?|カルパッチョの真実⑳

今回のお題“ガトーショコラ”には、一体どんな真実が隠されているのでしょうか?私達が一度は食べたことのある、あんな料理やこんな料理には、隠された物語があることをご存知でしょうか?“知る”ことで、同じ料理が明日からちょっと美味しくなる連載をお届けします。

オペラもザッハトルテも実はどれも“ガトー・ショコラ”

ざっくり分けると、日本のケーキ屋さんには昔から3つのカテゴリーがある。生クリーム系、チーズ系、そしてチョコレート系だ。さらにそれぞれが多彩な種類に分かれていくものだから、少々ややこしくなることがある。

たとえば「ガトー・ショコラ」で思い浮かぶのは「あの」ケーキだろう。見た目はサクッと焼き上がったシンプルなチョコレート版スポンジケーキ。時においしそうに割れ目が入り、噴火口みたいな形になったり、粉砂糖がかかっていたりすることもある。外側の軽い食感と比べて中身はしっとりしていて、濃厚なチョコレート感が楽しい。しかしこのネーミング、フランス語で「チョコレート(ショコラ)ケーキ(ガトー)」といっているだけである。だから、実はあのケーキじゃなくても「オペラ」でも「ザッハトルテ」でも「ガトー・ショコラ」である。でも、日本ではあのケーキが「ガトー・ショコラ」という商品名となっていて、それはそれでしっくりきている。

「オペラ」と「ザッハトルテ」も少々ややこしい。どちらもツヤツヤのチョコレートでコーティングされているケーキだからだ。でも形が違う。味も違う。そして名前の由来も。

「ザッハトルテ」のザッハは考案した人の名前である。諸説あるうちのひとつは、1832年、当時のオーストリアの宰相、クレメンス・メッテルヒ氏のパーティーで生まれたというものだ。美食家だった氏がパーティーでのケーキを、病欠していたいつものシェフに替わって見習いだった弱冠16歳のフランツ・ザッハ君に頼んだ。ザッハ君は丸いチョコレートケーキを焼き、アプリコットジャムを挟み、溶かしたチョコレートの糖衣でコーティングして提供した。当時、このコーティングのアイデアは革新的で、その後ウィーン中で大評判になったという。

今も基本的に「ザッハトルテ」といえばこれである。形は丸い。そして「糖衣」なので食べるとジャリジャリしてとても甘いが、ジャムの酸味が和らげてくれるし、泡立てただけの生クリームと合わせるとバランスがいい。

一方、「オペラ」の名前はパリのオペラ座からである。近所にあった1802年に創業の老舗「ダロワイヨ」が1954年に流行らせたといわれている。その名のイメージにふさわしく金箔をあしらったとても高貴なケーキだ。形は四角い。圧巻は表面の輝きとケーキを構成する層の数で、約2cmの高さに、チョコレート、コーヒーシロップをしみ込ませたスポンジ、ガナッシュ(生クリーム+チョコレート)、コーヒー味のバタークリームが七つの層を成していて、絶妙な味のバランスを生んでいる。

「ガトー・ショコラ」いやチョコレートケーキの世界は今も無限に広がっていく。

ガトー・ショコラ
ちなみに
ウィーンで「ザッハトルテ」と名乗れるのは「ホテル・ザッハー」と「デメル」のみ。ただ両者には「ザッハトルテ」の商標をめぐって長く争った歴史があり、今では「ホテル・ザッハー」のものは「オリジナルのザッハトルテ」として、「デメル」のものは「デメルのザッハトルテ」として販売している。「デメル」は日本でも買える。

著者

土田美登世 編集者・ライター

土田 美登世 編集者・ライター

興味を持つとがむしゃらに取材したがる食ライター。「カストール&ラボラトリー」藤野賢治シェフのガトー・ショコラはお気に入りレシピの一つ。ハーシーのセミスイートチョコチップを使うのがつくりやすくてお薦め。

文:土田美登世 写真:加藤新作 スタイリング:田中優子 参考文献/ニコラ・ハンブル著、堤理華訳『ケーキの歴史物語』(原書房)

※この記事はdancyu2018年3月号に掲載したものです。