新富町にある「ビストロシンバ」では、客の3人に1人が羊を頼むといいます。お好きなみなさんならご存じのように、羊はクサいとか、カタいとか、そんなのは昔の話。今や幅広いジャンルで、香り高く軽やかで、素晴らしくおいしい羊料理が食べられます。そんな羊がおいしい店をご紹介します!
来るぞ。脂の香りが、カウンターを乗り越え、じわり漂い始めると、こぢんまりとした店は、にわかに色めき立つ。大きなガラス扉に新緑を映す、路地裏の「ビストロシンバ」で、夜ごと繰り広げられている光景。居合わせた客の賞賛と羨望のまなざしをほしいままにしているのが、10年もの間、フランスに根を下ろしたオーナーシェフ、菊地佑自さんがつくる、羊料理である。
三ツ星輝くオーベルジュで、予約の取れないビストロで、解体から調理まで、すべてをこなしてきたから、羊の扱いはお手の物。そんな菊地シェフがたどり着いた羊料理は、極めてシンプル。ラムは、骨付きの背肉(いわゆるラムチョップ)をローストに。美しいロゼに焼き上げるのだが、その際、パプリカパウダーを軽くまぶすことで、淡い香りを損なうことなく、旨味を底上げしている。
さすがは3人に1人が注文する看板メニュー。
これはこれで、食べに足を運ぶ価値がある、大変素晴らしい一皿なのだが、運がいいと、一段と上等な羊に出逢うこともできる。菊地シェフをして「別格」と言わしめる、それは、なんとマトン。
しかも、よりシンプルに、ローズマリーとタイムで香りづけしただけのロースト(部位は入荷状況による)。硬いんじゃないか?臭いんじゃないか?半信半疑で口へ運ぶと、負のイメージは見事なまでに覆される。ギュッと締まっているのに、硬さはなく、臭いどころか、クリアで軽やかなのだ。
「これだけ繊細でありながら、力強さも兼ね備えているのは、石田さんのマトンならではですね」
驚きのマトンは、北海道足寄にある「石田めん羊牧場」で手塩にかけて育てられたサウスダウン種。肉用種の中でも、とりわけ柔らかく、桁違いの旨味を秘めているのだが、小柄で繁殖能力が低いため、生産する牧場が少なく、今や希少種になっているという。
羊を知り尽くした料理人が、丹精込めて焼き上げた、幻の羊。なるほど、これまでにいただいたどの羊よりも旨いわけである。
ヨーロッパでは、高貴でエレガントな肉の王者。なぜ牛以上に重宝されるのか。理由を知りたければ、新富町に足を運ぶほかない。
文:塩沢 航 写真:広瀬貴子
※この記事の内容はdancyu2018年6月号に掲載したものです。