カルパッチョの真実~すべての皿には物語が隠されている~
甘鯛をなんと読む?|カルパッチョの真実⑬

甘鯛をなんと読む?|カルパッチョの真実⑬

今回のお題“甘鯛の若狭焼”には、一体どんな真実が隠されているのでしょうか?私達が一度は食べたことのある、あんな料理やこんな料理には、隠された物語があることをご存知でしょうか?“知る”ことで、同じ料理が明日からちょっと美味しくなる連載をお届けします。

鯛は鯛でも……

甘鯛という漢字をじっと見ているだけでは、「グジ」という呼び方は出てこない。河豚の文字を見てもフグは出てこないし、土筆(つくし)もそう。読みだけなら甘鯛はやっぱり「アマダイ」である。白身に甘さがあるから甘鯛、横顔が頬かむりをした尼さんに似ているから尼鯛などといわれている。

しかし関西、特に京都では「グジ」と呼ぶほうがしっくりくる。寒くなると蒸し物、焼き物、お椀などになって献立に並ぶ冬のご馳走だ。

アマダイつまりグジの体は長く、頭はやや屈折しているように見える。だからグジの呼び名は屈頭(ぐず)という呼び方が変化したという説がある。そのほか釣り上げたときにグジグジ鳴くからなど、グジの呼び名の由来にも諸説あるが、単に「鯛と呼びたくない」という関西人の無言の意思表示もあるような気がする。なぜなら、アマダイといえど日本人が一般的に思う鯛ではないからだ。

われわれが鯛と呼んでいるものは真鯛(マダイ)である。神話にも登場するし、神様のお供えにもなる。魚の王様と呼んで大事にしてきたから、日本中に〇〇銀座があるように、鯛にあやかった〇〇鯛は日本に300種類以上もあるという。生物学的なルールにのっとると、真鯛と同じタイ科である鯛で、近海でよく見られるのはハナダイやキダイ、クロダイの3種類だけだそうだ。ほかはほとんど、鯛もどきである。

小さくて黒ずんで見える「スズメダイ」や背中が大きくてくっきりとした縞模様のある「タカノハダイ」といった魚は、姿形は真鯛に似ておらずいかにも“あやかりタイ”だが、アマダイの場合は、赤い色合いが真鯛と重なってその名がつけられたのだろう。

ただ「若狭甘鯛」となると、「ワカサアマダイ」とは呼びにくくなる。「ワカサグジ」が一つの特別な固有名詞だからだ。福井から京都にかかる若狭湾で獲れたアマダイの内臓を抜いて開き、産地で塩をしたものをそう呼ぶ。魚の細かいウロコを立たせるように焼く方法を若狭焼きと呼ぶのも、若狭グジの焼き方から来ている。

ところで、静岡の下田で有名な真っ赤なキンメダイも鯛もどきの一つで、目が金色に光るからその名がある。昔はその赤色から祝膳での真鯛の代用品としても使われた。だからキンメダイなのだが、単に「キンメ」と呼ぶ人も多い。今は真鯛と同じくらいの高級品となっているし、鯛もどき、代用品とされることは御免なのだろう。

関西でもキンメダイのようにグジダイと呼ぼうとした人はいたかもしれないが、失笑されたに違いない。鯛の力を借りずともグジはグジ。そんな西側の頑なな主張は東側にもじわじわ伝わって、今やグジとしか読まない通人たちも増えてきた。

甘鯛の若狭焼
ちなみに
アマダイの英語名はtilefish。日本でポピュラーな赤、白、黄色のほか海外では青色のアマダイもある。リーズナブルな魚としてソテーやオーブン焼きにされる。

著者

土田美登世 編集者・ライター

土田 美登世 編集者・ライター

鱧の骨切りとともにグジの若狭焼きにも何度か挑戦してきたが、未だ成功せず。

文:土田美登世 撮影:加藤新作 撮影協力:「日本料理 おおつかようすけ」(西麻布)

※この記事はdancyu2019年2月号に掲載したものです。