神奈川県・葉山にある「ピスカリア」は風が通り抜けるような気持ちよさを感じられるお店です。シチリアの風を感じながら、港町ならではの新鮮な魚介料理をぜひ味わってみてください。
海の近くに住まいを移してから、通っている一軒のシチリア料理店がある。どうしても店を観察してしまう癖があるのだけれど、まず、入ったときの空気がいい。風が通り抜けるような気持ち良さがあるのだ。てきぱきしたチームワークの良いサービス、さらりと親切なスタッフ。
もちろん料理も素晴らしい。活きのいい地の魚がショーケースに並び、自分で選んだものを調理してもらえる。シンプルに炭火で焼くか、ヴァポーレ(蒸し焼き)にしてシチリアの塩とオリーブオイルで食べるか。アクアパッツァにしてもワインが進む。ビールやチナールソーダなど、飲み物もすべてがイタリア産だ。
オーナーシェフの出雲択逸さんは、修業時代に訪れたシチリアの港町カターニアで一軒の店に魅せられた。市場の中にある、魚介料理のレストラン「アンティカマリーナ」。数え切れないほどの前菜を小皿で食べられる。カタクチイワシやマグロやしらすを使ったシンプルかつバラエティーに富んだ料理の数々。その町は、自分の地元である三浦半島の葉山になんだか似ていた。
エミリア=ロマーニャへ渡り、パルマやボローニャで肉料理や手打ちパスタを学んでいたときにも、出雲さんの中にはあの風が小さく吹いていた。シチリアの港の、潮っぽい風である。
葉山に店を持って11年。出雲さんは今も毎年シチリアへ行く。通い続けて懇意になった、カターニャの市場のあの店の料理人たちは、繁忙期の夏のバカンスシーズンが終わる11月には葉山にやって来て、店で一緒に料理をふるまう。店内の大きな栗の木の柱は、施工時に「飲食店だから実がなりますように」と建築家が選んだものだ。栗の木はイタリアを象徴する木でもある。天然素材の漆喰の壁も風を通してくれる。私もここにシチリアの風を感じに来ていたのだなと思う。
最後に出雲さんが教えてくれた。「シチリアっ子のおじいちゃんたちはシチリア訛りで“ペスケリーア(魚市場)”を『ピスカリア』と呼ぶんだよ」
文:松浦 亜季 写真:邑口 京一郎
※この記事の内容はdancyu2017年11月号に掲載したものです。