今回のお題“シャトーブリアン”には、一体どんな真実が隠されているのでしょうか?私達が一度は食べたことのある、あんな料理やこんな料理には、隠された物語があることをご存知でしょうか?“知る”ことで、同じ料理が明日からちょっと美味しくなる連載をお届けします。
美食家たちにとってシャトーという響きは心地よい。シャトーはフランス語で城の意であり、シャトー・マルゴーは高級ボルドーワインであり、にんじんのむき方もシャトーと呼ぶ。
そんな流れにあるからか、「シャトーブリアン」が10年くらい前から最高級ステーキの代名詞として知られるようになったとき、その言葉はすんなりと深く意味を考えることもなく、おいしそうな言葉として一般化した気がしている。
改めて説明すると、シャトーブリアンは牛フィレ肉の中央部の3cmくらいの厚みがある部位名である。シャトー・ブリアンのように「シャトー」と「ブリアン」を区切らず、「シャトーブリアン」とひと続きで書く固有名詞がその名の由来だ。そして、その固有名詞が人名かあるいは地名かの二つの説に大きく分かれている。
人名説に関わるシャトーブリアン氏のホントの名は長い。フランソワルネ・ヴィコント・ドゥ・シャトーブリアン。1768年にブルターニュに生まれた貴族であり政治家であり作家であった。ロマン主義の作家としてフランス文学に精通している人の間では有名だが、ここでは美食家として知られた人というほうがわかりやすい。彼の生まれと美食家であるということから、お抱え料理人がいた。そしてその料理人が主人のためにつくった料理がある。
もうおわかりだろう。お抱え料理人が主人のために考え出したのがステーキというわけ。フィレ肉の真ん中の柔らかくて分厚い部分を使ったステーキをシャトーブリアンはすっかり気に入り、毎日のように食べたらしい。作家なのだから、そのおいしさを文学的に書いたのかもしれない。いやホームパーティーでよく振る舞っていたのかもしれない。
いずれにしてもそのステーキがシャトーブリアンと呼ばれるようになるのも時間の問題だったわけで、250年経ってもしっかりその名は残っている。
少数派の地名説はフランスの北西部にシャトーブリアンというコミューン(フランスの地方自治体の呼び名)があって、そこが畜産物の集積場だったから。肉にちなんだ町ということでつけられたという。
シャトーブリアンという言葉が日本で使われるようになったのは最近だと思っていたが、実は木下杢太朗(もくたろう)という「昭和の森鴎外」と呼ばれた医者であり詩人である劇作家が、1928(昭和3)年頃のスペイン旅行記ですでに用いていた。マドリードのプラド美術館で見た絵を「すばらしいシャトーブリアンにありついたようだ」と興奮して書いている。どこで食べた記憶から出た言葉かはわからないが、杢太郎もシャトーの響きに魅せられた美食家の一人だろう。
学生時代に牛肉の旨味の研究をしていた。論文にまとめるときはロースを最長筋、フィレを腸腰筋と書くのがおいしそうじゃなくて苦痛だった。
文:土田美登世 写真:加藤新作 料理:田中優子
※この記事はdancyu2018年10月号に掲載したものです。