明日、どこに食べに行こう?
荒木町に生まれた、新たな正統派「焼鳥 多喜」|気軽に美味しい町焼鳥①

荒木町に生まれた、新たな正統派「焼鳥 多喜」|気軽に美味しい町焼鳥①

この十数年で、焼鳥は素晴らしい進化を遂げ、格段に美味しくなりました。そのために、 店の予約がなかなか取れなくなったりもして……。だけど焼鳥って、 もっと気軽な食べ物じゃなかったっけ?今回は本来の焼鳥の楽しみ方を味わえる、気軽に美味しい町焼鳥をご紹介します。

新顔だけど年季がある

店内
程よい喧騒と落ち着きを兼ね備えた店内の雰囲気は、もはや老舗の趣。常連はもちろん一見客も不思議と店の雰囲気に溶け込んでいる。
手羽先
普段は塩で供する手羽先だが、滝澤さん曰く「実はタレもお薦め」。タレに使う調味料は「鳥よし」時代と同じだが、ほんの少しだけ味に個性を加えた。

いい焼鳥店は“年季”が違う。曙橋「焼鳥 多喜(たき)」は2018年創業の新顔。だが、暖簾をくぐると随所に相当な年季が感じられる。
磨き抜かれた白木のカウンター、歳月が塗り重ねた品書きの短冊の鼈甲色、何より串にかぶりついたとき、うっとりするような精妙な焼き加減。店も職人も2年目の新顔とは思えない。
それもそのはず、店主の滝澤文康さんは、焼鳥の歴史に欠かせない名店「鳥よし」で16年間、カウンターに立ち続けた熟達者。その巧みな焼きの技術に好事家は小躍りし、「教えたくない店」として密かに評判となった。
店舗や設えは修業先と関係の深かった「鳥こう」の閉店を受けて、ほぼそのまま引き継いだ。「多喜」では今も「鳥こう」の女将が満面の笑みで常連客と談笑する。お通しで供されるお新香は、毎日手を入れる女将の糠床から引き上げられる。タレも「鳥こう」のものを継いだ。「鳥よしの店長もタレを持っていけと言ってくれたんですが、味をみたらどちらも同じ。ならば、ここにあるものを使わせてもらおうかなって」
鶏は「食感がよく、皮の脂もおいしい」伊達鶏。長く「鳥よし」で焼いていて、長所の引き出し方も知っている。
開店当初は炭の量が控えめだった焼き台も、今では赤く熾きた備長炭でパンパン。20種以上の串はタレをくぐり、技術に裏打ちされた攻めの焼きで、最高の一本へと昇華する。
目の前で湯気を立ち上らせる串にハフハフとかぶりつく。熱々の焼き目から香ばしさが弾け、噛めばしっとりとした肉質がなんとも心地よい。
締めのメニューも“きじ丼”だけだったが、数カ月後にはそぼろ丼と、つまみのだし巻きが短冊に連なった。
16年間薫陶を受けた「鳥よし」と、20年間ここで看板を灯した「鳥こう」から継いだもの。そこに滝澤さんの個性が絡み合い、「多喜」の焼鳥となる。「たまにしか出さないけど」という手羽先のタレ焼きは、きりりとした味のタレの向こうから、皮の豊潤な脂の味が押し寄せ、骨ぎしから引き剥がした肉は噛むほどに味が膨らんでいく。
新しいのに、何もかもが懐かしく、暖簾をくぐればもう旨い。この夢のような焼鳥店は荒木町に実在する。

焼き台
滝澤さんの仕事は実直でけれん味などどこにもない。丸鶏一羽を捌いて串を打つので、メニューに載らない希少部位もあり、運が良ければありつける。炭は紀州や土佐の備長炭。焼鳥の煙はすべて焼き台の下から吸わせる。
集合写真
「私はバイトだからいいわよ」と恥ずかしがる女将を、店主(右から2人目)を含めた全員で「記念だと思って」と説得してパチリ。カウンター内の雰囲気も温かい。

締めの一品 きじ丼

きじ丼

「鳥よし」系の店に伝わる締めの名品だが、もはやこの店のスペシャリテ。香ばしく膨らんだもも肉は、丼から飛び出しそうな立体感で食欲をかき立てる。1,400円。

店舗情報店舗情報

焼鳥 多喜
  • 【住所】東京都新宿区荒木町9-22菅沼ビル2階
  • 【電話番号】03-3353-5415
  • 【営業時間】17:30~23:00(早仕舞いする場合もあるため、遅くなる場合は電話でご確認を)
  • 【定休日】日曜、祝日
  • 【アクセス】都営新宿線「曙橋駅」、東京メトロ「四谷三丁目駅」より各4分

文:松浦達也 写真:岡本寿

※この記事の内容はdancyu2019年11月号に掲載したものです。

松浦 達也

松浦 達也 (ライター/編集者)

東京都武蔵野市生まれ。家庭の食卓から外食の厨房、生産の現場まで「食」のまわりのあらゆる場所を徘徊する。食べる、つくるに加えて徹底的に調べるのが得意技。著書に『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)、『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』(共にマガジンハウス)ほか、共著に『東京最高のレストラン』(ぴあ)なども。主な興味、関心の先は「大衆食文化」「調理の仕組みと科学」など。そのほか、最近では「生産者と消費者の分断」「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター。