この十数年で、焼鳥は素晴らしい進化を遂げ、格段に美味しくなりました。そのために、 店の予約がなかなか取れなくなったりもして……。だけど焼鳥って、 もっと気軽な食べ物じゃなかったっけ?今回は本来の焼鳥の楽しみ方を味わえる、気軽に美味しい町焼鳥をご紹介します。
いい焼鳥店は“年季”が違う。曙橋「焼鳥 多喜(たき)」は2018年創業の新顔。だが、暖簾をくぐると随所に相当な年季が感じられる。
磨き抜かれた白木のカウンター、歳月が塗り重ねた品書きの短冊の鼈甲色、何より串にかぶりついたとき、うっとりするような精妙な焼き加減。店も職人も2年目の新顔とは思えない。
それもそのはず、店主の滝澤文康さんは、焼鳥の歴史に欠かせない名店「鳥よし」で16年間、カウンターに立ち続けた熟達者。その巧みな焼きの技術に好事家は小躍りし、「教えたくない店」として密かに評判となった。
店舗や設えは修業先と関係の深かった「鳥こう」の閉店を受けて、ほぼそのまま引き継いだ。「多喜」では今も「鳥こう」の女将が満面の笑みで常連客と談笑する。お通しで供されるお新香は、毎日手を入れる女将の糠床から引き上げられる。タレも「鳥こう」のものを継いだ。「鳥よしの店長もタレを持っていけと言ってくれたんですが、味をみたらどちらも同じ。ならば、ここにあるものを使わせてもらおうかなって」
鶏は「食感がよく、皮の脂もおいしい」伊達鶏。長く「鳥よし」で焼いていて、長所の引き出し方も知っている。
開店当初は炭の量が控えめだった焼き台も、今では赤く熾きた備長炭でパンパン。20種以上の串はタレをくぐり、技術に裏打ちされた攻めの焼きで、最高の一本へと昇華する。
目の前で湯気を立ち上らせる串にハフハフとかぶりつく。熱々の焼き目から香ばしさが弾け、噛めばしっとりとした肉質がなんとも心地よい。
締めのメニューも“きじ丼”だけだったが、数カ月後にはそぼろ丼と、つまみのだし巻きが短冊に連なった。
16年間薫陶を受けた「鳥よし」と、20年間ここで看板を灯した「鳥こう」から継いだもの。そこに滝澤さんの個性が絡み合い、「多喜」の焼鳥となる。「たまにしか出さないけど」という手羽先のタレ焼きは、きりりとした味のタレの向こうから、皮の豊潤な脂の味が押し寄せ、骨ぎしから引き剥がした肉は噛むほどに味が膨らんでいく。
新しいのに、何もかもが懐かしく、暖簾をくぐればもう旨い。この夢のような焼鳥店は荒木町に実在する。
「鳥よし」系の店に伝わる締めの名品だが、もはやこの店のスペシャリテ。香ばしく膨らんだもも肉は、丼から飛び出しそうな立体感で食欲をかき立てる。1,400円。
文:松浦達也 写真:岡本寿
※この記事の内容はdancyu2019年11月号に掲載したものです。