世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
ピッチャーで頼みたくなるほどのパインジュース|世界のフルーツ①

ピッチャーで頼みたくなるほどのパインジュース|世界のフルーツ①

2020年10月号の第一特集は「大人のフルーツ。」です。旅行作家の石田ゆうすけさんは、トロピカルフルーツに関しては現地で食べるのが一番おいしく、それを味わえるのは旅人の特権だと語ります。海外で食べてきた中で最高峰だったトロピカルフルーツとは――。

完熟を味わえるという旅人の特権

旅に出て最も贅沢な思いができる食べ物といえば、フルーツじゃないだろうか。
産地では完熟のものが、都会ではありえない値段で買える。
旅人のこの特権は、海外だとさらに顕著になる。日本の食がどれだけ品質に恵まれていようと、トロピカルフルーツだけは海外の産地で食べるものには到底かなわないからだ。
......と思ったけれど、訂正。やはり例外はある。僕の経験した限りでは、マンゴーだけは日本産、それも宮崎県産が断トツであり、別格だった。その分、値段も別格だけれど......。

閑話休題。旅先で食べたフルーツの中では、どれが最高峰になるかな、と記憶を掘り返してみると、あらゆるフルーツの味と香りが、つい先日のことのように鮮やかによみがえり、おお、と感じ入った。まさに「紅茶に浸したマドレーヌ」だ。
その中であえて一番をつけるとしたら、グアテマラの田舎で食べたパイナップルになるだろうか。

もともとパイナップルはあの酸味が苦手で、自ら買うことはないフルーツだった。
転機はメキシコだ。道中知り合った男がパイナップルのフレッシュジュースをえらく旨そうに飲んでいるので、聞かずにはいられなかった。
「旨いの?」
「飲んだことないの?」
飲んだら引っくり返った。甘いなんてもんじゃない。酸味なんて皆無だ。いや、あるといえばあるが、わずかなもので、それがさらに甘味を引き立てているように感じる。香りも鮮烈、濃厚。日本で食べていたパイナップルはなんだったんだ?
それ以来、メキシコで昼を食べたあとは毎回のようにフレッシュパイナップルジュースを、ときにはピッチャーで2リットルぐらい飲んだ。メキシコの食堂にはたいていミキサーとパイナップルがあったのだ。

隣国グアテマラに入ると、パイナップルがますます甘くなったように感じられた。
ある町の市場に行くと、パイナップルが山積みになっている。1個買って宿に帰った。値段ははっきり覚えていないが、50円以下だったと思う。
エアコンもない安宿だった。冷蔵庫も当然ない。僕はパイナップルをレジ袋ごと洗面台に入れ、袋の持ち手を蛇口に引っかけ、水を流し入れた。レジ袋は膨らんで洗面器のようになり、パイナップルは水に浸される。ちょろちょろと細い水をレジ袋内に流し続け、冷たい水を循環させた。
翌朝、ナイフで切って食べると、冷蔵庫とそれほど変わらないのでは、と思うぐらい冷えており、「アイスキャンディーかよ!」とのけぞるぐらい甘かった。
食べ始めると止まらなくなり、丸のまま1個ペロリと食べ尽くした。

しかし、なんでこうも違うんだろう。まるで別の果物だ。と、当時は不思議に思ったものだが、今回、原稿を書くにあたって少し調べてみると、「あ、やっぱりそういうことか」と膝を打った。
パイナップルはバナナなどと違って、追熟できないらしい。つまり収穫後は熟成しないのだ。いかにもしそうなのに。
完熟してから収穫すると、数日でダメになるので、どうしても未熟なものが市場に出回ることになる。そこからは甘くなることもない。だから、酸っぱい。ガッテン。
つまり、パイナップルばかりは、どれだけお金を積んでも、本当に旨いものは産地に行かない限り食べられないわけで、やっぱり旅人だけが贅沢な思いをする食べ物の筆頭なのだ。

文:石田ゆうすけ 写真:安彦幸枝

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。