今回のお題“カルボナーラ”には、一体どんな真実が隠されているのでしょうか?私達が一度は食べたことのある、あんな料理やこんな料理には、隠された物語があることをご存知でしょうか?“知る”ことで、同じ料理が明日からちょっと美味しくなる連載をお届けします。
イタリア料理のホントのところを知りたければ、その料理が生まれた土地のことをあれこれと想像してみればわかりやすい。
スパゲッティ・カルボナーラは、イタリア中部のローマ生まれの料理である。だからまず、生クリームを入れるのは邪道扱いされる可能性が高い。なぜなら、生クリームやバターは北イタリアで使われるイメージがあるからだ。ローマの人たちは「ローマはローマであって北でも南でもない」と強く主張しているようだが、食文化圏としては、トマトやオリーブオイルを多用する南イタリアの料理でくくるとしっくりくる。もうひとつのローマの名物パスタ“アマトリチャーナ”はトマトベースだし、ローマ生まれの料理で生クリームがマストのものは浮かびにくい。
ではカルボナーラのあのクリーミーさを何で出すかというと、キモは卵とチーズだろう。マヨネーズのなめらかさが卵とサラダ油で出るように、卵が粉状のチーズの脂分や、オリーブオイルでカリカリに炒めたパンチェッタ(塩漬け豚バラ肉)またはグアンチャーレ(塩漬け豚頬肉)の脂分と乳化することで絶妙ななめらかさが生まれる。この“乳化力”が味を大きく左右するため、カルボナーラはつくり手の技を食べるものだと言ってよいだろう。
卵は火の通りが早いので、熱々のフライパンでつくり続けるとあっという間にスクランブルエッグ化した、ボソボソのカルボナーラが出来上がる。だから、卵と粉状のチーズを別のボウルに入れて「ゆで上がったパスタの余熱で一気に和える」というテクニックがよく用いられる。
ローマ生まれゆえ、ここで使うチーズはペコリーノ・ロマーノ(ローマの羊のチーズ)が理想的である。パルミジャーノチーズのほうがポピュラーだが、パルミジャーノはその名の通り北イタリアのパルマ近辺でつくられるチーズだからだ。
カルボナーラ=炭焼き職人風という名であるなら、仕上げにカルボーネつまり“炭”を表現したい。その役を担うのが黒胡椒だ。生クリームを入れても、パルミジャーノを使っても、それはそれでおいしいからオッケーだとする人たちはたくさんいるだろう。でも黒胡椒は外せない。炭焼き職人が仕事の合間にパスタをつくったら炭の粉が落ちてこんな風になるのでは?
というイメージで名付けられたといわれているものだから、胡椒挽きで食べる直前にガリガリと、炭が舞うように挽いたものを使いたい。
カルボナーラに使うパンチェッタもペコリーノ・ロマーノもかなり塩分が多い。でもその塩分を恐れてはローマの料理らしくないと思う。と言うのも、塩を使った保存食、加工品を上手に使うのもまた、ローマらしさだから。
つちだ・みとせ 興味を持つとがむしゃらに取材したがる食ライター。人生初のカルボナーラは西麻布にあった「カピトリーノ」の𠮷川敏明シェフ作のもの。
文:土田美登世 写真:加藤新作 料理:田中優子
※この記事はdancyu2018年4月号に掲載したものです。