鮨好きを虜にする小肌の魅力を、握り手である東京・南青山の「匠 進吾」さんに聞きました。鮨好きが愛してやまない小肌とは、いったいどんな魚なのでしょうか?そしてなぜ、鮨好きは小肌に魅了されるのでしょうか?小肌漁師、小肌卸、小肌を握る職人、小肌に関わる人々を取材して見えたこととは?ノンフィクション作家の一志治夫さんが迫ります。
小肌は、鮨屋の個性が一番出る鮨ダネだが、その稚魚である「新子」もまた、鮨屋のスタイルが色濃く出るタネだ。そもそも「新子」は扱わない、という店もあるぐらいで、ときに常識外れに高騰する旬のタネに対する評価と対応は分かれる。
東京・青山「匠 進吾」の高橋進吾さんは、小肌に対しては並々ならぬ愛情を注ぐものの、新子とは少し距離をとる。1貫に6枚、7枚もの新子を重ねることに疑問がぬぐえず、そこまで手間をかけることに抵抗があるのだ。
「6月に静岡の舞阪から一番最初の小さな新子が出てきても、僕は使いません。7月中旬ぐらいに九州の熊本・天草や佐賀などから新子が出て、だいたい1貫3枚づけ、2枚づけで握れるようになって初めて使っていく感じですね。それで、だいたい8月の末、あるいは9月初めぐらいまで、1貫に1枚づけぐらいで握るのがうちで出す新子の握りという感じです」
小さすぎる新子は、味の魅力が薄いと高橋さんは言う。
「身がふっと消えてしまうはかなさがいいと言う人もいますが、僕は、小肌にはない新子特有の爽やかな青臭みみたいなのを求めているので、そうなってくると、やはり、あまり小さすぎず、2、3枚づけぐらいの大きさがベストなのかなと思います。身の厚さもそれなりに出てこないと、新子の香りもなく、ただ酢でしめただけの何かの魚、という感じになっちゃうんです」
枚数が多ければ、当然、一貫当たりの価格も高くなる。たとえば、「普段はやらないけれど」と言って、この日、高橋さんが握ってくれた7枚づけの新子の握りを実際に店で出すとなるといくらぐらいになるのか。
「今日の新子がキロ2万円だとすると、たぶん、一貫の原価は2千円ぐらいになると思います。お客さんに3貫出したら、それだけで軽くお会計は1万円を超えちゃいますよね。ぼったくりと言われても、でも、普通に出したらそういうことになるんです。コースの中に入れてならすから、それほど高いと感じないかもしれないですけど」
さらに、「うちではメダカと呼んでいる」と揶揄する小さな新子は、なんといっても手間がかかりすぎるのだという。
「一尾おろすのは、どんなに小さくても一尾であって、作業としては変らない。新子は小さい分骨を抜かないだけで、あとはウロコをひき、ヒレをとり、アタマとしっぽを落とし、開いてワタとって、と新子をおろす作業は小肌や他の魚体の大きな魚とまったく一緒なんです。つまり、一貫に対して7枚の新子を使えば、魚を7枚をおろすのとたいして変わりはないわけで、仕込みには膨大な時間がとられるわけです。
新子をおろす作業は細かいので、包丁も出刃包丁ではなく、手に馴染んだ長年使っている小さな包丁を使います。その技を見せるために、小さな新子へ小さな新子へとエスカレートしたようなところも、きっとあるんでしょう。でもそこまで行くと、いまの若い職人なんかもうみんな辞めちゃいますよ(笑)。お客さんには、『最近老眼がひどくて、ハズキルーペがないとおろせなくて』って言うんですけどね。6枚、7枚付けの新子となるとそれぐらい小さいですから。しかも小さくて繊細なので、皮が溶けないようにとか、身がしまりすぎないようにとか、シメる時間も分刻みとなって、とにかく気を遣わなければならないんです」
9月も半ばを迎えると、新子の時季は終わり、待ちに待った小肌の季節がやってくる。
高橋さんは、四ツ谷「すし匠」の名匠中澤圭二親方(現在はハワイの「すし匠ワイキキ」)のもとで、実に18年にわたって修行し、8年前に独立した職人だ。その間には、数年間にわたって、五島列島の漁師のもとで経験を積み、博多の居酒屋で修業し、石巻の酒蔵「日高見」で酒造りを体験したりした。
当然、高橋さんの仕込みは、中澤さんの薫陶を受けているが、独自のやり方も加えつつ、進化もしている。
小肌の仕込みもそのひとつだ。
「小肌は、魚屋さんからくる段階で、すでに寝かされたものがきます。僕は、その魚を魚の状態のまま、さらに1日か2日下氷の上で寝かせます。だからトータルで3日ぐらい寝かす感じですね。寝かす理由は、魚がイカって身が硬くしまっている状態だと、酢も塩も入らないし、味も出ないからです。
寝かせた後に酢と塩でそれぞれ20分ほどしめたら、その日のうちにその小肌を握りで使います。中澤親方は、シメたあとに、さらに1日寝かすんです。シメて寝かすことで、お酢がまわり、小肌の香りも出て小肌らしくなる、ということだと思うんですけど、僕は、レア感のある旨味が好きなので、その日に使うことにしています。まあ、言ってみれば、昭和と平成の小肌というところでしょうか」
10月、11月と季節が進むと、小肌は、一貫に1枚では大きく、半身で一貫では小さいというサイズになってくる。高橋さんは、1尾を2枚に切り、少し重ねて握ったりする。
12月になると、小肌はナカズミサイズに近づき始め、ベストシーズンを迎える。半身で一貫のサイズである。
高橋さんは、新子を握るときと、小肌を握るときとで酢飯を使い分ける。2枚づけ、3枚づけの新子の握りには、白酢のシャリを合わせる。白酢の酢飯でないと、新子の淡い風味を活かすことができないからだ。白酢の酢飯には、わずかに赤酢を混ぜている。赤酢を少しきかせることで、砂糖を使わず、塩分を減らせ、味がまろやかになるのだという。シャリは、コシヒカリとササニシキをブレンドした古米だ。
小肌には、赤酢のシャリを合わせる。赤の酢飯で小肌特有の臭みを消すと同時に味のボリュームを出し、しっかり脂をたたえた小肌と調和させる。
「もう、12月、1月、2月はばっちりですね。もちろん、自然のものだから、難しいこともあるけれど、この頃には、脂がのって、身も厚くて美味しい。シメてもガチっとしまりすぎることもないし、水分も抜けすぎない。ただ、コノシロまでいっちゃうと、身が厚すぎて、握りにしたときにバランスが悪くなる。ボリュームがありすぎるんです。だから僕はコノシロは使わない。とにかく、小肌はシメて美味しくなるタネの筆頭ですよね。それだけに鮨屋の個性も出るし、腕前も問われるんです。鮨と言えば小肌となるのは、出世魚で、その都度、変化する身の脂や厚みに合わせて処理の仕方を変え、常に細やかな対応をしなければ旨くはならない面白さがあるからなんだと思います。鮨屋にとっては、実に挑み甲斐のある魚なんですよ」
文:一志治夫 撮影:江森康之