鮨好きはなぜ小肌を愛するのか?
新子の握りは8月からが旨い!|鮨好きはなぜ小肌を愛するのか?①

新子の握りは8月からが旨い!|鮨好きはなぜ小肌を愛するのか?①

鮨好きを虜にする小肌とは、いったいどんな魚なのでしょうか?そしてなぜ、鮨好きは小肌に魅了されるのでしょうか?小肌漁師、小肌卸、小肌を握る職人、小肌に関わる人々を取材して見えたこととは?ノンフィクション作家の一志治夫さんが迫ります。

鮨ダネとしての小肌の魅力

主が仕込みをすませた小肌をさばき、酢飯と合わせ、そっと付け台にのせる。光輝く小肌の皮目をしばし眺め、口に入れ、噛みしめる。酢と身の香りが混じり合い、細やかな脂とほのかな甘みが舌で踊る。何百回食しても一向に飽きることのない味。季節ごとに、店ごとに、その顔を変えるせいなのか。鮨屋の至福は小肌にあり、という思いはずっと変わらない。

いまからちょうど90年前、1930年(昭和5年)に刊行された『すし通』(永瀬牙之輔著)では、当時の東京の鮨文化や鮨ダネ、食べ方が詳述されている。その中の「小鰭」の項には「鮨は小鰭に止め刺す」とあり、こう記されている。
「酢っぱからず、甘からず、又銀色の冴えも落とさないようにしなければならないから、酢の選択、塩の分量、漬け加減など鮨屋の腕のいる物である」

もちろん、鮨ダネと言えば、マグロが王様。タイやヒラメの深みある旨味も抜群だ。が、そんなことは承知しながらも、「好きな鮨ダネは何?」と訊かれたときに、「小肌」と答えたい自分がいる。どこかで、「粋」という言葉と小肌がセットになっているのかもしれない。小肌を粋に食うのが東京の鮨食いの極み、そんな思いもどこかにあるのだろう。

新子はなぜ高いのか?

小肌は、出生魚である。正しく呼ぶなら、ニシン科ニシン目に属する「コノシロ」。新子、小肌、ナカズミ、コノシロと大きくなっていく。その中で、なんといっても、「粋」の極地とされるのが新子だ。いまや早ければ6月の半ばに現れる小肌の稚魚である。「新子入ったよ」、「新子出た?」は江戸時代から続く鮨屋の夏の符丁だ。
が、珍重されるがあまり、新子はときに尋常でない価格で取引される。

熊本県天草からきた新子。

昭和40年代、新子は8月上旬に鮨屋に出てくるものだった。が、平成を迎える頃には、7月中旬、上旬と早まっていき、ついには、梅雨時の6月中旬に入ってくるようになってしまったのだ。小肌が半身を使って1貫握るのに対し、昭和の頃の新子の握りは、一尾を2枚、3枚つけて握るのが普通だった。しかし、近年、季節が早まったことで、新子は6枚、7枚、ときに10枚と重ねて握るようになった。したがって、1貫の原価は5千円超という信じられないものになったりするわけだが、そんな新子を求めてやまない人たちがいるのもまた事実なのだ。ここまで来ると、もはや「粋」とは言えないわけだが。

新子がブームに?

東京都中央卸売市場・豊洲市場にある「司水産」。
「司水産」の大山晃弘さん。

7月中旬、都内の有名鮨店などに小肌を卸している「司水産」の大山晃弘さんを豊洲市場に訪ね、「新子のいま」を訊いた。大山さんは、その顔見れば産地がわかるというほどの小肌狂だ。

――毎年、最初にシンコが入ってくるのはいつ頃なんでしょう?

大山さん
毎年6月中旬ごろから静岡の舞阪で一番最初の新子が出て、それから九州、天草などのものが少し時間をおいて入ってくるんです。ここのところの新子ブームで、もう、グッピーみたいな小さな新子にキロ10万、20万という値段がついてしまっていて、今年も最初に入ってきた舞阪は、キロ15万という高値でした。1貫に10枚づけで握るぐらいの大きさでしたね。で、その後、1ヶ月間ぐらいの間に大きくなったり、小さくなったりを繰り返しながら、少しずつ値段が落ちついてきて、天草の新子が入ってきます。

今年も6月中旬ぐらいに静岡県舞阪の新子が入ってきたんですが、結構すぐに九州の天草のものが出てきちゃったんで、舞阪を止めて、天草に変えました。やっぱり、僕らの仕事は、値段を見ながら、目利きもしなければいけないし、評価もしなきゃいけない。いまのようなコロナの状況下では特にそう思います。天草の新子は、ふっくらしてて、小肌の香りがするんです。僕自身の理想はやっぱり、一貫に新子2枚づけぐらいの握りですね。8月頃からの新子が味も香りも旨いと思います。
少し育ってきた天草の新子。頭と尾っぽを切り落とすとわずか3.5cm。安定して一貫2~3枚漬けで握れるのは8月頭頃だそう。

――いつ頃から新子がブームになったんですか。

大山さん
バブル期は直接知らないですが、僕がこの仕事を始めて20年なんですけど、10年ぐらい前に一度ブームがきたんです。ITバブルみたいな。それで、鮨屋さんの独立に若いオーナーが入ったりして、「もう新子、いくらでもいいよ」、みたいなことが起きてきた。とにかく最初の一発目を食べてみたいという人が出てきて、そういう新子ブームみたいな流れができてしまった。もちろん、お客さんだし、それを否定してはいけないんだけど。でも、それは味とか小肌の質とかとはまた違う話で。

でも、今日の九州の新子は、キロ5千円まで下がってきている。そうなると、僕らもお客さんのためにもしっかり選ってあげようと思うようになる。いまの新子だと、だいたい1貫に3枚づけですね。新子に関していうと、あまり大小があると困っちゃうんですよ。綺麗に握れないですからね。基本的に、なるべく身がふっくらした同じ大きさの新子を揃えて出してます。

――舞阪、天草以外にどんな産地から入ってくるのでしょうか?

大山さん
三河湾、石川の七尾なども有名ですが、最近はあまり入ってきません。今日は千葉の船橋が入ってきてます。いつもより入る時期は早いですね。僕が知る限りでは、船橋はずっと入ってきてますよ。
左側の2尾が天草の新子、右側の2尾は船橋の新子。

――えっ、船橋の新子って意外です!ある意味、正統派の江戸前ですね。

大山さん
もともと新子の初物と言えば船橋で、それがなくなって、他の産地に移っていったわけで。
一時、石油臭さが出ちゃうようなところもあったけど、悪くないんです。色、ツヤもいいし、このまま成長していくと、ちょっと黄金っぽい小肌になっていくんです。鮨で握ると皮目が綺麗に出ますしね。九州の小肌に比べて顔つきが丸みがかっててその曲線の湾曲具合がすごくいいんですよ。まあ、鮨で魚の顔つきは関係ないだろうって言われるんですけど(笑)。
あとは、どれだけ質が改善されていくかですね。魚自体は住みやすくなってきているから、食べるものが変わっていけば、身に対する香りも変わってくる。皮目は柔らかいし、よくなっていけば、間違いなく評価の高い小肌だと思います。新子みたいな小さい魚でももちろん、やっぱり食べているもので変わっていきますよ。

――新子は東京中の鮨屋で出されているものなんですか?高級鮨店だけなのでしょうか?

大山さん
中間に位置する町の鮨屋さんとかは、高くて買えないんじゃないの、というところはあると思います。高級店はもちろんある程度の大きさになったら仕込んでいて、逆に回転寿司さんとか居酒屋さんは小さな新子をまとめて買って、出しちゃうようなところが出たりして。
分かる人は分かってくれるんだけど、ちょっと高いとやめちゃう人もいますね。とにかく、新子をおろすのには手間がかかりますしね。でも、僕は、新子、小肌こそが、その店の特徴、カラーが出る鮨ダネだと思っています。新子のあと、だんだん大きくなっていって厚みが出てきたときに、果たして、どう握っていくのか。時期によってもすごく変わっていく小肌をいかに捌くのか……、鮨屋の腕前がわかる魚だと思いますね。

文:一志治夫 撮影:江森康之 

一志 治夫

一志 治夫 (ノンフィクション作家)

長野県松本市生まれ、東京都三鷹市育ち。『狂気の左サイドバック』で第1回小学館ノンフィクション大賞受賞。主な著書に『魂の森を行け』(新潮文庫)、『奇跡のレストラン アル・ケッチァーノ』(文春文庫)、『失われゆく鮨をもとめて』(新潮社)、『幸福な食堂車』(小学館文庫)、『旅する江戸前鮨』(文芸春秋)など。最新刊は、秋田の5つの酒蔵「NEXT5」を描いた『美酒復権』(プレジデント社)。