大きくなるにつれて値段が高くなるはずの出世魚。しかしこと小肌に関してはそうではないらしく?なぜ、鮨好きは小肌に魅了されるのでしょうか?小肌漁師、小肌卸、小肌を握る職人、小肌に関わる人々を取材して見えたこととは?ノンフィクション作家の一志治夫さんが迫ります。
まぐろや鯛をはじめ、多くの魚は、魚体が大きくなるにつれて値が上がっていく。しかし、こと小肌に関しては、新子→小肌→ナカズミ→コノシロと魚体が大きくなるにつれて値が落ちていく。可食部は増し、脂ものってくるのに安くなっていくわけである。
それはひとえに小肌が鮨の種として存在しているからなのだろう。シャリに合う大きさ、味、見栄えが求められるため、大きな魚体が嫌われるのだ。
東京の鮨屋では、小肌は一年を通じて握られる。新子が出始める梅雨の終わりは、言うなれば小肌の旬ということになるのかもしれないが、この時季には2年目を迎えた小肌も海の中にいる。それゆえに年中小肌サイズのものが食べられるわけである。
それでも、やはり、旨い時季というのはある。青山「匠 進吾」の高橋進吾さんが言う「12月、1月、2月の小肌が最も脂がほどよくのってて美味しい」のだ。
冬に入ると、2年目を迎え、ボリュームを増したナカズミ、コノシロサイズの小肌も市場に出てくる。が、多くの鮨屋はこのサイズを握らない。高橋さんは、ナカズミにはときどき手を伸ばすことはあるものの、やはり小肌サイズを一番とする。
「大きくなると青魚の味が強く、身が厚すぎて、シャリとのバランスが悪くなるんです。不味いというわけではなくて、癖が強くなる。それをよしとするかどうか。独特の小肌臭というか光モノ臭が出るというのがあるんです」
一方、ある都内の老舗鮨屋の親方は、こう言う。
「ナカズミでもしめ方を変えれば、ちゃんと鮨になります。でも、問題はみてくれ。大きめの小肌は、尻尾のほうを切り落として、サイドも切って、サイズを小さくする。ただ、コノシロまでいっちゃうと、握ったときに肌の模様が大きくなっちゃって無様すぎて……。その無様さだけで絶対に使いたくないんです」
また、鮨屋によっては、「高級鮨店は小さいの小さいのと買っていくけど、冬の小肌とナカズミの間ぐらいのやつはまだ骨っぽくもないし、脂がのって丸々と太ってて実は旨いんです」と唱える人もいる。
いずれにしても、小肌ほど鮨屋の美学と力量が出るものはない、とは言える。江戸時代から職人たちは、どうすれば小肌が旨くなるか延々と知恵をしぼり続けてきたのだ。それぞれのやり方で。
この日、どうしても、小肌とナカズミ(便宜上ナカズミとするが、実際には、ナカズミとコノシロの間ぐらいの大きさ=約18cm)の鮨の違いを実感したくて、両方を握ってもらった。普通の小肌の倍近いサイズで、身の厚みも1.2倍~1.5倍はあろうかという魚体。半身では大きすぎて握りに合わず、まず握ることはないというサイズである。しかし、回転鮨屋などでは、これを薄く何枚かに切り、握りとして出してくる店もあるとのこと。
高橋さんは、小肌に対しては、塩15分、酢15分でシメたが、ナカズミではそれぞれ25分とした。仮に小肌と同じように15分でシメると、生臭さを感じるという。赤酢のシャリに合わせた小肌とナカズミの握りをいただく。
まずは小肌。赤酢のシャリ(赤7白3)との相性が素晴らしく、小肌がシャリと口の中で見事に溶け合う。ネタとシャリの一体感がこの上ない。
そして「小肌を白シャリで握ってみましょう」と言って出してくれた。今世紀に入る前ぐらいまでは、高橋さんも小肌には白酢のシャリを合わせていた。しかし「白は、最初にパンチがきますけど、噛んでいったあとがすっきりしている。赤は小肌の旨味と赤の旨味が合わさって後ろに向かって味が上がってく。やはり赤のほうが美味しいと思いますね」
高橋さんは、小肌の握りでは、こうした旨味もさることながら、なんと言っても、レア感を大切にしている。
「昔からがっちり40分から45分ぐらいシメて、1日2日寝かせてガチガチにして使うお店から、ウチみたいにレアな感じで出すところと両方あった。45分シメると、お酢のあたりも強くなるし、食感も固くなりますよね。僕は小肌のレア感を求めたいので、大きさを見ながら、シメる時間と寝かせる時間を調節します」
つづいてナカズミ。魚の前後を落とし、身が厚いので皮目に包丁を入れる。かなりのボリューム感だ。ぱっと見では、やはり皮の模様の間隔が大きく、いわゆる小肌とは異なる。が、口に入れて噛んだ瞬間、これはこれで旨い、と思ってしまう。脂がきついわけでも、生臭いわけでもない。が、ほどなくわかるのは、身の厚みが口の中でシャリと合体しにくいのと、小肌のときにあったレア感がなくなっていることだ。小肌に比べてシメている時間が長いせいなのか。それでも、思ったより旨く感じてしまったのは、赤シャリの力でもあるのだろう。
昭和の握り鮨は、現在鮨屋で出される小ぶりのものと比べ、倍ほどもあった。戦後の新橋あたりの立ち食い鮨もかなり大きなシャリで2貫ずつ出していた。ということは、おそらく、ナカズミも握って出していたのだろう。シャリが大きければ、ナカズミであっても一体感は生まれるわけだから。
小肌の脂は、他のアジやイワシ、サンマといった青魚に比べるとさっぱりしている。サイズが大きくなったからと言って、包丁にまとわりつくようなギトギトした脂がない。ナカズミ、コノシロはつまみとして出す分には、工夫すればいくらでもあるのではないか、と言いつつ、高橋さんはこう言う。
「ただ、小肌はやはり握りで食べてほしい魚なんです。だから、シャリとの相性という点で、サイズはやはり大事。小肌に限らず、僕たちは、美味しい白身が入った、マグロが入ったと聞いても、これをつまみで出したいとは思わないんです。ああ、これは握ったら旨いんだろうな、というふうにまず考える。市場で魚の味見をするときも、酢飯とのバランスをイメージして食べている。そうなるとナカズミからコノシロサイズになってしまうと外れちゃうんですね。美味しいけど、やっぱり、ちょっと味が強いね、と。
小肌は握り。結局、これに尽きるということですね」。
文:一志治夫 撮影:江森康之