世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
天上のホテルで飲むビールは格別|世界の気持ちいい店②

天上のホテルで飲むビールは格別|世界の気持ちいい店②

2020年8月号の第二特集は「気持ちいい店に行こう!」です。世界を自転車一つで旅した石田さんは、新婚旅行はアフリカだったと言います。そのハネムーン先で体験した極上の体験とは――。

地球を肴にビールを飲む

アフリカを身近に感じる人は、日本にはそう多くないと思う。単純に日本から遠いせいだろう。
未開発で粗野なイメージを持つ人もいるかもしれない。
ところが、実際アフリカに行ってみると、一部の地域はやりすぎなぐらいラグジュアリーな空間になっている。アフリカは西洋人にとって人気のリゾート地なのだ。
日本人にとっては地理的にも精神的にも遠い場所だけれど、ヨーロッパからならすぐだ。野性があふれ、白いビーチもある。ヘミングウェイが愛したように、彼らは古くからアフリカをリゾート地と見ていたんじゃないだろうか。動物保護区やビーチには、白人資本のホテルやレストランが多数集まっている。前回書いたマラウイ湖を見下ろすバーも、やはりオーナーは白人だった。

開発の是非はともかく、単純に楽しむことだけを考えれば、アフリカの大自然のなかで味わうゴージャスさには圧倒的な至福があるように思う。ということで、僕の新婚旅行の行き先はアフリカになった。

いや、実をいうと、妻になってくれる人に僕が最初に提案した場所はハワイだった。ハワイには行ったことがなかったし、池澤夏樹の本を読んで憧れていたのだ。自転車世界一周という貧乏旅行で行くより、いつか万が一奇跡が起こって結婚なんかすることがあれば、そのとき行こうと昔から考えていた。
それに妻になってくれる人はいわゆる旅人ではなく、海外に慣れているわけではなかった。マニアックな場所より、わかりやすいリゾートがいいと思ったのだ。

ところが彼女は、「ハワイはどう?」と言った僕の顔を凝視すると、「なんでやねん!」と突っ込んだ。彼女からすれば、世界各地を旅した男が、まさかハワイを口にするとは思わなかったようだ。

というわけで、次点の候補地だったアフリカのケニアとタンザニアに行くことにしたのだ。ケニアに行きたい場所があった。
友人の家で見た一枚の写真が忘れられなかった。広大なサバンナを見下ろすバーの写真だ。ケニアのホテルのバーだという。

エジプト経由でケニアに飛び、プロペラ機に乗り換えて「マサイ・マラ国立公園」へ。土の滑走路に着陸したあと、さらに4WDで走ること約40分、平らなサバンナから隆起した丘を、ガタゴト激しく揺られながら上っていくと、ようやく天上のホテル「ムパタ・サファリ・クラブ」に着く。成田から約38時間後のことだった。
サバンナを見下ろす客室やプールにくわえ、三國清三シェフ監修のレストランがある。西洋人経営のサファリホテルが居並ぶなかで、ここは日本人がつくったホテルなのだ。

例の展望バーに行ってみると、高台のへりに石造りのカウンターが設けられていた。椅子に座り、カウンターに肘をかける。はるか眼下に、サバンナが海のように広がっている。高所から見下ろすせいか、地平線が丸く見えた。手前には蛇行する川も見える。フゴオオオオ、フゴフゴフゴ、と何かの鳴き声が聞こえてくる。バーテンダーに聞くと、カバだという。
ビールを飲むと、炭酸の無数の泡のように笑いが湧きあがってきた。気球に乗って地球を眺めているようだった。

滞在中はジープで国立公園を巡って動物たちを眺め、ホテルに帰ると、展望バーで地球を肴にビールを飲んだ。
これがどれだけ気持ちよかったか。
アルコールをまったく嗜まなかった妻が、ここでビールを飲みながらしみじみ「おいしい……」とつぶやき、いまではすっかり「酒なしの人生なんて考えられへん」とのたまうほどのドランカーとなって、毎日晩酌しているのである。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。