世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
最後まで旨さが輝く魔法のような牛肉麺|世界のラーメン②

最後まで旨さが輝く魔法のような牛肉麺|世界のラーメン②

中国には多種多様な麺料理があり、日本のラーメンもそのルーツをもつ麺料理と言えます。そんな麺大国で石田さんは、取りつかれてしまうほど美味しい一杯に出会ったそうです。その驚愕の麺料理とは――。

いわば「淡味」ラーメン

ラーメンのルーツ中国には、日本と同じラーメンはない。ただ、あらゆる麺がある。切ったり、削ったり、のばしたり、ちぎったり、丸めたり、製法も形もいろいろだ。そんな麺天国を自転車で旅すると、地域ごとに麺の移り変わりが見えておもしろい。
ヘンテコな麺もあった。
山西省で立ち寄ったある田舎町では、薄くのばした麺の生地を、包丁ではなく、なぜか竹製の物差しを両手で押し付けるようにして切っていた。目抜き通りには同じような店が並び、どの店も物差しで切っていたから、町の名物として売っているのかもしれない。腹が減っていなかったので食べずにやりすごしたのだが、いま思えばバカなことをした。あんなおもしろいものをなぜ食べなかったんだろう。珍品だらけの中国に当時は麻痺していてさほど気に留めなかったか、それとも次の町で食べようと思ったか。でも結局、その町以外では"物差し麺"を見ることはなかった。

それらあまたある中国の麺料理のなかで、最も日本のラーメンに近いものを挙げるなら、ラーメンの語源のひとつともいわれる「拉麺」だろう。「拉」には引っ張るという意味がある。引っ張って折りたたんで引っ張って、それを繰り返すうちに生地は細くなって麺になる。中国の中央部にある蘭州市の拉麺が有名で、牛肉麺とも呼ばれている。
僕は中国を4カ月強、7000kmあまり旅したのだが、西の砂漠の果てから東の海岸部まで、中国全土いたるところに「蘭州牛肉麺」の看板を掲げた店があった。山西省の「山西刀削麺」と並んで人気のある麺なのだ。
その名のとおり牛の肉や骨からとったスープを麺にかけた汁そばで、麺はストレートの細麺。具は牛肉、大根、パクチー。
最初のひと口目は、あれ、手抜いてる?と思った。水で薄めたようなスープだ。でも食べ進めるにつれ、薄味の向こうからなにやら複雑な味わいが見えてくる。中華らしい薬膳ぽさも感じられる。ただ、日本のラーメンと比べるとやはり薄い。麺も弱い。特別すごく旨いわけではないな、と思った。
そのあとも食べ続けた。どこにでも店があるし、1杯約30円と安かったからだ(2002年当時)。
そのうち印象が変わった。最初、スープも麺も弱いと感じたのは、日本のラーメンと比べたからだ。中国の牛肉麺を基準にすると、日本のラーメンが体に悪いくらい味が濃いのだと感じる。とくに最近のラーメンはこれでもかとコクや旨味をのせ、塩分も強くし、どんどんインフレを起こしているよなあと思えてくる。

激戦区の牛肉麺はひと味違う

中国に入って約3カ月後、牛肉麺の本場、蘭州に入った。
電柱かよ、と思うぐらい次々に牛肉麺の店が現れる。人口約210万人の町に約3000軒の牛肉麺店があるらしい。
その頂点に君臨するのは、牛肉麺の祖とされる老舗「馬子禄牛肉麺」だ(2017年からは東京にも進出)。広い店内は客でごった返していた。
出てきた牛肉麺はスープが赤かった。辣油が大量に浮かんでいる。飲んでみると、さほど辛くないし、インパクトも弱い。ふむ。これまでの店とあんまり変わらんな。そう思いながらさらにスープを飲む。麺をすする。スープを飲む。
「……ん?」
何か抜けるものがあった。パクチーの香りや辣油の向こうから、ひときわ輪郭のくっきりした牛と野菜の旨味が立ち上がってくる。麺も小麦の甘味がしっかりと感じられる。
気が付けば一心不乱。しぶきを飛ばす勢いで麺を吸い、スープを飲み、一気に平らげた。いやはや魔法のような旨さだ。食べたそばからお代わりが欲しくなってくる。
考えてみると、日本のラーメンはこってり系、あっさり系にかかわらず、どちらもひと口目からインパクトがあって恍惚となるのだが、最後まで輝きが持続するラーメンというのはそう多くない気がする。一杯食べ終えると、しばらくはいいや、と僕なんかは思ってしまう。
かたや蘭州牛肉麺は、派手さはない代わりに、毎日でも食べられる。事実、蘭州にいた1週間は毎日店を変え、牛肉麺を食べ歩いた。本場だけあって、どの店も他所より抜きん出ている。平均値が明らかに高いのだ。文化の持つ力だなと感じ入った。各店が切磋琢磨して、全体が押し上げられている。讃岐のうどんや山形の蕎麦が頭に浮かんだ。

ところで、ラーメンと一口にいえどもさまざまなジャンルがある。今月の『dancyu』本誌の第二特集は、その中でも「塩ラーメン」にフォーカスを当てている。それに合わせるなら、蘭州牛肉麺は塩ラーメンといえなくもないが、なんとなく感じが違う。辣油やパクチーの印象が強いせいだろうか。
それよりも、もっと日本の塩ラーメンに近い料理があった。

――つづく。

文:石田ゆうすけ 写真:竹之内祐幸

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。