全く味の想像がつかないその魚。なぜ私達は食べたことがないのでしょうか?見た目はグロテスクだけれど、日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介。
魚の頭だけが泳いでいるかのような奇怪なマンボウ。水族館で見るものだと思っていたら大間違いで、三陸の夏の味覚として地元では人気が高い。
実は日本各地の定置網漁などで漁獲される。肉は白身で水気が多くてやわらかく、淡泊。一畳ほどの大きさが一番うまいと言われている。ただそんな大物は漁船に上げられないこともあり、目からロープを通して海上を引っ張ってくることもあるそうだ。
以前、地方によってはマンボウがとれると、漁師同士で分け合っていた。マンボウが網にかかると、それを無線で知った漁船から予約が殺到した。そして港に着けばみんなが包丁と鍋を持って待っている。それを肝付きで分ける。
「マンボウの刺身」「マンボウの煮つけ」「マンボウのフライ」など料理は多彩。今の市場にあまり出回らないのは、まずいからではない。漁師やその家族だけで食べてしまう風習が今も残っているからだ。
マンボウの刺身だと、海藻のような少々青臭さがわずかに漂うだけで味はほとんど感じない。わさび醤油の風味のみが残る。これを肝和えにするとガラリと変化する。マンボウの肝は美味と広く賞賛されるカワハギの肝に似ている。ただし、もっとみずみずしく、まろやかな甘さを備えている。肝にしてはしつこくないし、それでいて深く豊かなコクを十分に含んでいる。だから淡泊な白身のおいしさをぐっと引き上げ、するすると喉を通っていくのである。
のんびりとしか泳げないように見えるが、実は本気で泳ぐと速いといわれるマンボウ。肝和えのうまさも、実は……に驚愕するのであった。
日本全国の町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏