その魚は、クラシックフレンチの王道料理をつくるには欠かせない魚だ。見た目はグロテスクだけれど、日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介。
クロウシノシタは広く舌平目と呼ばれる魚のひとつである。宮城県・東松島などの産地では“べろ”の名がある。そう、平べったく伸びた異様な姿が牛の舌に似ているからだ。
“舌平目のムニエル”といえばクラシックなフランス料理の王道だ。ただフランス料理店に届くのは30cmを超える大型ばかりで価格も高い。ところが、20cm以下になるととたんに人気が落ちて価格が安くなる。浜の人たちはこれを手に入れ、骨ごとのすり身やたたきにしていろいろな料理に利用する。
すり身に、にんじんやごぼうなどを加えてさつま揚げを作ったり、片栗粉などを加えてひと口大の団子状にし、すり身汁にしたりする。たたき焼きもうまい。中骨ごと包丁でよくたたく。味噌を加えてさらにたたく。食べたときに骨が歯にあたらないように、とにかくよくたたくのがコツだ。骨からにじみ出る滋味が溢れ、身だけを食べる魚料理と違って海の生物をとことん味わっている気分になれる。サクッとした心地よい口あたりのあとの、弾むような食感もいい。
味噌を加えるので複雑な風味に仕上がるが、ベースは淡泊な白身だから、くせが感じられずに誰にでも食べやすいだろう。醤油などはかけず、熱いうちにホフホフとほおばりたい。ナイフとフォークの料理とはまたひと味もふた味も違う豪快な味わいだ。
日本全国の町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏