2020年6月号の第一特集は「ちゃんと和食」です。いま世界から注目される「和食」ですが、海外ではどのように“理解”されているのでしょうか?世界各国を旅した旅行作家の石田ゆうすけさんが出会った意外な「和食」とは――。
和食は海外で大人気。そんなニュースを昔からよく見るけれど、実際、海外には何軒くらい日本食レストランがあるんだろう?
農水省によると、2006年では2.4万軒だったのが、13年後の2019年には15.6万軒と、なんと約6.5倍にも増えている。すごいすごい。でもこの15.6万軒ってどうなの?世界的に見て多いの?
喜多方市にラーメン店が120軒、と聞いたら「へえ」と感心するけれど、世界となるとポカンとする。広すぎてよくわからない。じゃあ比較だ。
海外で最も店舗数が多いのは中華料理店だろう。あきれるくらいどこにでもある。なんでこんなところに?と思うくらい辺鄙なところにもある。世界中にある中華街にいたっては何十軒何百軒と密集している。中国は食で世界を占領しようとしているんじゃないか。各国をまわりながらそんなことすら思ってしまった。
中国の国営メディア新華社通信によると、海外にある中華レストランは約50万軒だそうだ。ということは日本食レストランの15.6万軒は……中華レストランの約3分の1!そんなに多いの?ほんとかよ!……でも中国メディアが少なく見積もるということはなさそうだもんなぁ。
となると、気になるのは日本側の15.6万軒という数字だ。このうち、ちゃんとした和食を出す店はどのぐらいあるのか。和食とは名ばかり、似ても似つかぬ料理を出す店もだいぶ含まれているんじゃないの?
ということで、世界の“トンデモ和食”エピソード、怒濤の開陳!……といきたいところだけれど、7年あまり海外をまわったわりには、僕はネタをそんなに持っていない。日本食をあまり食べなかったからだ。たいして恋しくならなかった。自転車旅行だからだろう。とにかく腹が減る。飢えているから現地で食べるものはみなおいしい。口に合う、合わない、は飽食時代の言葉なのだ。たぶん。
それに、現地に同化することを目指し、現地の人と同じ場所で同じものを食べていたら、その土地のものがそこで食べるのに最も理にかなっているのだと思えた。酷暑地帯には、灼熱のなかで食べるのに適した料理があるのだ。
そんなものだから、僕が自ら日本食レストランを訪ねたのは、日本を離れて3年以上経ってからだった。しかも食べるためではなく、働くためだ。日本人なら雇うほうも雇いやすいだろうと簡単に考えていた。
場所はロンドンの繁華街。歩いていると、回転寿司店が目に入った。
仕事はありませんか?そう聞くつもりで扉を開けると、客はひとりもいず、回るカウンターの中には、白衣を着て白い調理帽をかぶった男性が4人。一瞬、思考が止まった。全員、インド系のおじさんだった。猛禽類を思わせる鋭い目が僕に注がれ、4人の口から「イラッシャイ!」と記号のような日本語が威勢よく飛び出した。どうリアクションすればいいのかわからず僕は固まり、そのあとなんとか声を絞り出した。
「……何時までやってますか?」
「22時です」
「サンキュー」
ドアを閉め、店を背に歩きながら、もしかしたら職探しは難航するのだろうか、と不安を覚えた。
予感は外れ、タウン誌を見ると求人はいくらでもあり、翌日には日本食の弁当屋で職を得た。その店の日本人社長によると、スリランカ人は器用でセンスがよく、ロンドンに数ある日本食レストランのうち、いくつかは彼らが腕を振るっているとのことだった。
――つづく。
文・写真:石田ゆうすけ