怪魚の食卓
伊勢海老より旨いエビ|怪魚の食卓③

伊勢海老より旨いエビ|怪魚の食卓③

漁獲量の少ないそのエビは、伊勢海老を超える。見た目はグロテスクだけれど、日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介。

そのエビの正体は……

ウチワのような形の海老だからその名がついた"ウチワエビ"。これであおぐとさぞかし涼やかな磯の香りが吹くだろう。大きいものだと20cmくらいある。頭部の両縁には切れ込みがあり、のこぎり状になっている。土地によってはゾウリエビと呼ばれるが、姿もよく似た、ゾウリエビという別の種もあって少々ややこしい。

ほぼ周年にわたって漁獲されるが、春から夏にかけてが旬とされる。宮崎県の日向灘では底引き網で漁獲されるほか、静岡県・南伊豆の伊勢海老網にもよくかかり、同地の民宿の食卓に見かけることがある。ただ、漁獲量が少ないので、漁師の酒の肴になることが多い。

伊勢海老好きたちは伊勢海老の味噌汁の濃厚な香と味に歓喜するが、魚介のうるさ方は、むしろこっちの味噌汁を喜ぶ。特に東日本ではその希少性もあって珍重されている。

まず立ち上る香りにほどよい軽さがある。汁をひと口すすれば、伊勢海老のそれよりも上品な味わいを感じる。あとに残らないのだ。身肉は少ないが、これを箸でつついてほじくり出して食べる。伊勢海老ほどのボリューム感はなく、歯ざわりも少々頼りないが、どこか心を豊かにするうま味がある。海底の砂泥地に生息する生物ならではのおいしさだ。

ほかのエビの仲間でもなかなかない食味だが、強いて言えば毛ガニの足の身に似通ったところがあるのではないか。少ない身肉をほじくったあとは、ぜひ甲殻を手でつかんで、チュパチュパと音をたてて内部の汁まで味わい尽くして欲しい。

ウチワエビの味噌汁のつくり方
1.湯をわかし、殻ごと横半分に切ったウチワエビを入れる。
2.味噌を溶き入れ、青ネギを散らす。
ウチワエビの味噌汁

解説

野村祐三

日本全国の町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。

文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏