北尾トロさんの青春18きっぷ旅。
世界で唯一のブラックサンダー直売店を目指せ!

世界で唯一のブラックサンダー直売店を目指せ!

東京〜豊橋間は、各駅停車で向かうにはちょうどいい距離なのかもしれない。どこにどう立ち寄っても、その日うちには到着する。何よりも、疲労感が少ない。だから、復路も青春18きっぷ!

「ブラックサンダー」には、とてもお世話になっている。

最後の目的地は「ブラックサンダー」でお馴染み、有楽製菓の夢工場。豊橋から普通列車でふた駅の新所原で降りて、20分ほど歩くと世界で唯一のブラックサンダー工場直売店があるのだ。ココア味のクッキーとビスケットをチョコでコーティングしたブラックサンダーは、いまやコンビニの定番商品になっているから知らない人はいないだろう。

新所原
時刻は9時41分。駅から直売所まで、約2kmの道のりをせっせと歩きます。

だが、僕は長い間、子供の食べ物だと思って買うことがなく、デビューは2020年。そう、今年にになってから。趣味でやっている狩猟で山に入ったとき、エネルギーの補充になるからと同行者がくれたのだ。
これが、疲れた身体に沁みた。チョコの方がもっと良いのでは?と思うかもしれないが、狩猟のときは移動しながら軽く食べられるほうがありがたく、それ以来、出猟前にコンビニでいくつか買ってポケットに忍ばせるようにしている。
つまり、僕にとってブラックサンダーは狩猟時の非常食であり、とてもお世話になっている食べ物。その工場と直売店が豊橋にあると聞いたら行かずにはいられない。

北尾トロさん
2011年に新設された「豊橋夢工場」。1日に最大70万本のブラックサンダーをつくっているそうだ。

下調べをして知った、ブラックサンダーの誕生秘話もいい。
この菓子を開発したのは、豊橋工場(今は夢工場)の若手社員で、スタート時のターゲットは若い男性だったが、大手コンビニへの販路を持っていなかったことも手伝い、さして売れずに低迷。そこでリニューアルを施し、「おいしさイナヅマ級!」のキャッチコピーをつけて大学生協で販売したところ評判となり、九州地区限定でコンビニ販売するチャンスを得る。そこでも好成績を上げ、念願の全国展開を果たすと人気に火が付き、一躍スターダムに。公式サイトによると、2017年には年間販売数1億6500万個を達成している。
一時はお荷物になりかねない商品だったブラックサンダーは、いまや有楽製菓を支える存在に成長したのだ。こういう紆余曲折あるサクセスストーリーに僕は弱いのである。

案内看板
工場の入口から400mほど歩いて、裏手に周り込むと直売店に辿り着く。

新所原駅から夢工場への道すがら、建ち並ぶいくつもの工場を眺めながら歩いた。東海工業地域の一角だけのことはある。直売店の手前までたどり着くと、4人組の女の子が笑顔で出てくるところだった。それぞれ、ブラックサンダーがぎっしり入った袋を持っている。
直売店の中へと入れば、ブラックサンダー一色。顔ハメパネルも設置され、観光名所のようになっている。聞けば、果物狩りのツアー客(ほとんどが年配の女性)が大挙してやってくることも珍しくないそうだ。おばさまたちが、ブラックサンダーのヘビーユーザーとは考えにくく、一種のお祭り感覚なのだろう。ブラックサンダー詰め放題コーナーは、そんなときにピッタリなアトラクションに違いない。

顔はめパネル
直売店には、気持ちを高ぶらせるなにかがある。すぐさま記念撮影。

まあ、ひとのことを言ってはいられない。僕たち3人もお祭りタイムに突入し、あれもこれもとかごに詰めている。ブラックサンダー、思いのほか種類が多い上、いちいちナイスなキャッチコピーがつけられているので、なんだか食べたくなってしまうのだ。
「さすがは”聖地”。豊橋オリジナル商品もつくっていますね」
大治朗が指差したのは、豊橋銘菓と謳われて販売中の「ブラックサンダーミニバー」だったが、ご当地商品はブラックサンダーのお家芸で、沖縄から北海道まで数々ある。それより僕が驚いたのは「ブラックサンダーもっちりあん巻き」なる商品だ。

かごいっぱいのブラックサンダー
全部で24種類あるブラックサンダー。直売店ではその内16種類を購入できる。

たしかに、あん巻きは豊橋の名物ではあるのだが、この組み合わせ……意味がわからないのである。にもかかわらず、和菓子の名店「お亀堂」とコラボしたこの商品は、愛知県のふるさと食品コンテスト最優秀賞を受賞。もう絶好調というか、怖いものなしの商品展開ではないか。
ま、買うけどナ。結局、食べきれないくらいのブラックサンダーを買い込んで、夢工場を後にした。

ブラックサンダーのカップアイス
直営店限定の「ブラックサンダーカップアイス」は275円。

店舗情報店舗情報

有楽製菓豊橋夢工場直営店
  • 【住所】愛知県豊橋市原町蔵杜88
  • 【電話番号】0532‐35‐6620
  • 【営業時間】10:00~17:00
  • 【定休日】1月1日、お盆期間(不定休)、12月31日
  • 【アクセス】JR「新所原駅」より20分

そうだ、あれがあったではないか。

「せっかく静岡県を通って戻るのだから、茶畑を見に行きませんか」
新所原からの道すがら、大治朗が言った。昨日から、風景などには目もくれず食べてばかりの行動を反省する気持ちになったようだった。せめて最後を青々とした風景で締めくくりたい気持ちはわからないでもない。

電車
11時51分に新所原駅を出発。ブラックサンダーを食べたので、昼食のことを考えれなくなっている。

下車したのは金谷駅。旧東海道の石畳を復刻したことでも知られているらしい。
が、しかし……。汗だくになって急勾配の石畳を歩く我々の頭の上にポツポツと雨が落ちてきた。それでもなんとか茶畑まで頑張ったが、空はどんより、風景も霞んでいる。柄にもないことをしようとするんじゃないと、お天道様にたしなめられた気分だ。
「どっかで昼ごはん食べて帰りますか」
坂道は上りより下りのほうが足に負担がかかる。朝から歩いてばかりなので、もはや足取りが重い。スマホの歩数計を見たら、今日だけで2万歩近く歩いていた。

北尾トロさん
2日間で合計3万歩。よく歩き、よく食べた。
茶畑
晴れていれば、富士山も望める景勝地なのに、残念な空模様。

探し回ること20分、やっと食事ができそうな店を発見。そこは年季の入ったスナックだった。焼き肉定食を食べ、ママさんとお喋りしながら雨の降り止むのを待ち、駅に戻る。
腹は満たされたが、たまごふわふわに始まり、カレーうどん、ちくわ、ブラックサンダーと快進撃を続けた青春18きっぷ旅を焼肉定食で終えるのは残念すぎる気がした。といって、駅のベンチでちくわにかぶりつくのもなぁ……。そうだ、あれがあったではないか。
2分後、我々は人目もはばからず、ブラックサンダーもっちりあん巻きを頬張っていた。もちもちした皮と、固形であるブラックサンダーのミスマッチ感がすごい。
でも、なんとなく旨かったのだ。

線路
「ヤマサちくわ」と「ブラックサンダー」の袋を両手に持って東京へ。満足いっぱい、手土産いっぱい。

――おわり。

文:北尾トロ 写真:中川カンゴロー

北尾 トロ

北尾 トロ (ライター)

1958年、福岡で生まれる。 小学生の頃は父の仕事の都合で九州各地を転々、中学で兵庫、高校2年から東京在住、2012年より長野県松本市在住。5年かかって大学を卒業後、フリーター、編集プロダクションのアルバイトを経て、26歳でフリーライターとなる。30歳を前に北尾トロのペンネームで原稿を書き始め『別冊宝島』『裏モノの本』などに執筆し始める。40代後半からは、日本にも「本の町」をつくりたいと考え始め、2008年5月に仲間とともに長野県伊那市高遠町に「本の家」を開店する。 2010年9月にノンフィクション専門誌『季刊レポ』を創刊。編集発行人を務めた。近著に『夕陽に赤い町中華』(集英社)、『晴れた日は鴨を撃ちに 猟師になりたい!3』(信濃毎日新聞社)がある。