北尾トロさんの青春18きっぷ旅。
冬の津軽鉄道と太宰治の町。

冬の津軽鉄道と太宰治の町。

敬愛する太宰治の面影を求め、北尾トロさんが津軽鉄道で金木へと向かいます。駅に着くなり、予想外の事態に予定の変更を余儀なくされます。レールから外れた旅では、思いがけない出会いがありました。

金木の町中華で出会った太宰の足跡。

五所川原から金木までの20kmを繋ぐ津軽鉄道。

旅の最終日は津軽鉄道で五所川原から金木まで往復し、帰京するスケジュール。
胃袋的にはすでに満足したので、太宰の生家を見学し、“太宰ラーメン(彼の好物だった根曲がり竹とわかめを具にしたもの)”でも食べようかと思っていた。
だがしかし、予定は金木で下車して10分後に変更される。

JR圏外なので、津軽鉄道のきっぷに鋏こんを刻んでもらい乗車。
旅に出て初めての雪。最終日にして東北らしさがグッと出てきました。

......寒かったのだ。とてつもなく。昨夜の積雪で道が滑りやすく、一歩ずつ慎重に歩くのだが、分刻みで体が冷えてくる。休憩しようにも喫茶店はない。と、目の前にラーメンと書かれた真っ赤なのれんが出ているではないか。え、まだ10時かそこらなのにやってるの?

凍えているところに突然の僥倖。頼む、営業していてくれ。

僕は数年前から、消えゆく昭和の食文化を記録すべく、町中華探検隊を結成し、これはと思う店にはまず入ってみるのが習慣になっている。
店の名は「丸一食堂」。道路の反対側から眺めると、佇まいはだいぶ年季が入っていて、入り口の小ささも町中華そのものである。
まさかの朝ラーかよと思ったが、ふらふらと入ってしまった。店主らしきジャンパー姿のオヤジがいたので「いいの?」と訊くと無言で頷き、奥から女将さんも出てきた。ネギラーメンを注文。ストーブの前で手をこすり合わせていたら、座敷席を勧められたのでブーツを脱いでくつろぐ。

昔懐かしの石油ストーブで暖をとりながら、ラーメンを待ちます。

座敷席はたしかに客用のスペースなのだけれど、同時に家族が使う部屋でもあるらしく、壁一面に写真が飾られ、子どもや孫たちの連絡先まで目につくところに貼られていた。たぶん2階が住居で店が終われば、客様の座敷が居間となるのだ。
シブい、シブすぎる。

ネギラーメン登場。長ネギと玉ねぎがたっぷり入っています。
そりゃあ、頬も緩みますよ。外、本当に寒かったのです。

ネギラーメンは甘味のあるみそ味で、津軽の風土によくマッチしている。食べている途中で注文が入り、店主は出前に行ってしまった。女将さんによれば、ひとり暮らしの高齢者が、出前を取るのだという。なるほど、だから朝から営業するのか。
「そういうわけでもないんです。お父さんは朝起きたらすぐにのれんを出しちゃうんですよ」
起きたときから営業開始なんだ。
「フフフ、適当なんです。終わりも、疲れたら店を閉めちゃうのね」

快く店の話をしてくれた女将さん。

店が創業して40年の歴史にあるが、それ以前、ここは理髪店だったそうだ。
「店舗を借りることになったとき、洗髪する台があったの。なんでも、太宰治さんも通った店だったそうですよ」
町中華で太宰とつながるなんて!

店舗情報店舗情報

丸一食堂
  • 【住所】青森県五所川原市金木町317‐11
  • 【電話番号】0173‐52‐3788
  • 【営業時間】店主が起きてから疲れてしまうまで
  • 【定休日】不定休
  • 【アクセス】津軽鉄道「金木駅」より5分
「丸一食堂」でエネルギーチャージして、旅の本線に戻ります。
「斜陽館」は太宰治の生家。1907年に建てられ、補修を重ねながら当時の姿を残している。

気を良くして「斜陽館」を見学した我々は、さらなる発見を求め、通りすがりの人に道を尋ねながら、とあるスーパーを探した。
津軽鉄道の乗務員・阿部美紀さんから、地元スーパー「食祭館 中谷」に、ほかの県からも客が買いに来る焼肉のたれがあると聞き込んだのだ。いまここで焼肉のたれを入手したいかと問われたら、そうでもないと答えるしかないが、今日はこういう流れなのである。

30分ほどうろついて、たどり着いた「食祭館 中谷」。
阿部美紀さんおすすめの焼肉のたれ。ラベルに書かれた満面の笑みのおじさんは、ここの店長だそうです。
つい目が止まる売り文句も、津軽弁。

店舗情報店舗情報

食祭館 中谷
  • 【住所】青森県五所川原市金木町芦野216‐9
  • 【電話番号】0173‐52‐3473
  • 【営業時間】8:30~19:00
  • 【定休日】なし
  • 【アクセス】津軽鉄道「芦野公園駅」より7分

津軽鉄道名物ストーブ列車。

期待は裏切られなかった。「食祭館 中谷」の売り場にはオリジナル商品が並び、とりわけ野菜の値段が安い店だった。地方スーパーにしかない魅力だ。そして焼肉のたれは特設コーナーに山積み。もともと人気焼き肉店だった店が、スーパーを開業したとのことで、秘伝のたれは伊達じゃないのだ。
地図を見ると、金木に戻るより、ひと駅先の芦野公園のほうが近い。運のいいことに喫茶店もあるようだ。

極寒の中を歩き回った冷たい体にコーヒーが沁みます。

「よく乗り、よく食べ、よく歩いた。オヤジふたり、がんばったよ、うん」
本日一杯目のコーヒーを味わいながらカンゴローが言う。
がんばったから褒美もある。つぎの五所川原行きは、津軽鉄道名物のストーブ列車なのだ。
喜んで乗り込んだら、行きの電車でも話をした安倍さんから「焼き肉のたれは見つかりましたか」と声を掛けられた。

帰りも津軽鉄道なり。ストーブ列車はすべての本数の3割ほどしか走っていないのだ。
焼肉のたれを教えてくれた阿部美紀さん。ありがとうございました。

「丸一食堂」の話をしたら「いい店ですよね。でも、やめられてしまうと聞いています」と沿線事情に詳しい。残念だなあ。
でも、店が閉まる前にギリギリ間に合って良かったですよ。

車内販売しているスルメイカを購入すると、阿部さんが石炭を使ったダルマストーブで焼いてくれる。
旅の最後は、鹿まん。2泊3日、よく食べたもんだ。

阿部さんがストーブの上でイカを焼き始め、いい匂いが車内を満たした。僕も旅の締めくくりに、喫茶店で買ってきた鹿まんを食べることにしたら、それを見ていた阿部さんが言った。
「家にお戻りになったら、にんにくバッチリの中谷さんのたれで焼肉を食べて、津軽のことを思い出してくださいね」

おわり。

文:北尾トロ 写真:中川カンゴロー

北尾 トロ

北尾 トロ (ライター)

1958年、福岡で生まれる。 小学生の頃は父の仕事の都合で九州各地を転々、中学で兵庫、高校2年から東京在住、2012年より長野県松本市在住。5年かかって大学を卒業後、フリーター、編集プロダクションのアルバイトを経て、26歳でフリーライターとなる。30歳を前に北尾トロのペンネームで原稿を書き始め『別冊宝島』『裏モノの本』などに執筆し始める。40代後半からは、日本にも「本の町」をつくりたいと考え始め、2008年5月に仲間とともに長野県伊那市高遠町に「本の家」を開店する。 2010年9月にノンフィクション専門誌『季刊レポ』を創刊。編集発行人を務めた。近著に『夕陽に赤い町中華』(集英社)、『晴れた日は鴨を撃ちに 猟師になりたい!3』(信濃毎日新聞社)がある。