アルゼンチンは国民よりも牛の数が多い国。当然、肉への想いも人一倍……いや、国一倍だ。そんな肉の国で愛されているスナックが、チョリパン。アルゼンチンの肉文化を知るために、代々木上原にある専門店「ミ・チョリパン」を訪ねた。
チョリパン。名前がいいよね。アルゼンチンの軽食だ。チョリソ&パンの略。パンはスペイン語でも「パン」だ。英語だと「ブレッド」だけど。
昔、カナダで会った若い日本人男性の話。彼は英語がからきしダメだった。でも何かが欲しいとき「ギブミー」ぐらいは言えた。そしてカナダのパン屋さんで彼は「ギブミー、パン」と言った。スペイン語には通じていたのだ。
もとい。チョリソというと日本では赤身がかったピリ辛のソーセージのイメージが強いが、アルゼンチンのチョリソは牛肉を多く使った腸詰で、辛味はない。
これをパンにはさみ、酸味と辛味が複雑に混ざったソースをかけて食べる。
ソース、具、パンの渾然一体ぶりがたまらないのだが、なかでも具のインパクトがすごい。旅人たちが言う“世界一肉が旨い国”の肉でつくられたチョリソだ。旨味が口の中でもくもく膨らんでいく。食べながら笑ってしまった。
アルゼンチンの肉を語るうえで、チョリパンを外すわけにはいかないのだ。
東京の代々木上原に本場と遜色のないものを出す店がある、と聞いた。その名も「ミ・チョリパン」。「ミ」はスペイン語で「私の」という意味だ。
日本初のチョリパン屋ということで、2013年にオープンしたときは数多くのメディアで紹介され、話題になった。以来、熱心なファンを増やし続けている。行ってみると、店舗の佇まいからすでにアルゼンチンが香っていた。
首都ブエノスアイレスの観光名所「カミニート」を模した色合いだ。
国旗柄のドラム缶もいいな、と思って近づいていったら、なんとも温かい筆致だった。
「友人たちと一緒に店をつくりました」と店長の中尾真也さん。
奥さんの智子さんとふたりで店を切り盛りしている。
ふたりは1年半かけて世界中を旅して、チョリパンに出会った。
もともと飲食店に勤め、いつかは自分たちの店を、と夢見ていたふたりのアンテナに、このアルゼンチンのスナックが反応した。一度かぶりついたらやみつきになる旨さなのに、まだ日本には専門店が一軒もないのだ。チャンスかもしれない。
「チョリパンという名前もいいですしね(笑)。それとアルゼンチンが好きだったことも大きいです。これから関わっていくとなると、やっぱり好きな国でないと続かないと思ったので」
僕は思わずチョリパンと関係ないことを質問してしまった。
「アルゼンチンの牛肉とか羊肉、すごくなかったですか?」
これまでさんざんアルゼンチンのことを”世界一肉が旨い国”と書いてきたが、そこまで言いきって大丈夫か?と実は少し不安になっていたのだ。
僕が同国を旅したときは、ほかの旅人たちとアルゼンチンの肉トークでさんざん盛り上がったのだが、それも20年以上も前のことだ。インターネットもまだ普及していなかった。個人個人が直接会って文字通り口コミで伝え合っていた当時と比べると、無数の意見がネットに集積され、検証される現在は、情報量と精度が桁違いだ。その情報に触れてきた世代の旅人たちには、まったく別の見解があってもおかしくない。
中尾さんは僕の質問に目の光を強め、口角を上げながら答えた。
「ヤバいですよねえ。圧倒的ですよね」
彼らもやはりアルゼンチンの肉の魅力をさんざん語り合っていたというのだ。
時代がこれだけ大きく変わっても、旅人が集まればいまでも同じ話で盛り上がっているんだな、とちょっとおかしくなりながら、僕はひそかにホッとしていたのだった。
アルゼンチンとその食に惚れ込んだ彼らがつくるチョリパンは、さあ、どんな味がするのだろうか。
――つづく。
文:石田ゆうすけ 写真:中田浩資