米をつくるということ。
昼食戦線異状あり。

昼食戦線異状あり。

往路は青春18きっぷで。復路はてっきり新幹線と思いきや、またも各駅停車なのである。十日町を後にして、二日酔いをゆっくり覚ましながら向かった先は、越後湯沢。最重要課題は、お昼ごはんをどこで食べるか。魅惑的な駒子の地を離れて、次なる目的地は浦佐に決定!

越後湯沢駅はどこまで人を惑わせるんだろうか

真冬の十日町に朝が来た。やっぱりぼくは昨夜の最後にマティーニを飲んだらしい。生意気にもベースのジンには、アルコール度数の高いタンカレーを指定したという。つい飲みすぎる、いつものパターンだ。でも反省はしない。だって各駅停車の旅なんだから、少しくらい飲み過ぎても、電車の中でしっかり回復するさ。
などと勝手な理屈をつけて、二日酔い気味の頭を抱えホテルを出た。幸いにもここは北国。今年は雪こそないけれど、東京では感じられない寒さだ。火照った頬に冷気が気持ちいい。気分がビリッとした。さあ、きょうもがんばるぞ。

景色

さて今朝はまず、どこに行くのも乗り継ぎに便利がいい越後湯沢駅に向かい、昼食のプランをそこで練ることになった。しかしうかうかしてはいられない。8時52分発の電車を逃すと、その後は1時間半も待つことになる。急げ!
ぼくらは人影のない商店街を早足で駅に向かった。かつては十日町の織物といえば京都の西陣織と並ぶほど有名で、全国に盛んに出荷されたらしい。その頃はこの商店街もずいぶん賑わっていたんだろうなあ、と感慨も束の間、発車の時刻は迫っていて、ぼくらは、シッ、ハッ、シッ、ハッと白い息をはきながら駅へまっしぐらだ。そういえばこの旅、いつも急ぎ足だ。駅に向かうぼくらは常に小走りで、乗る電車は各駅停車でゆっくり、という奇妙なパターンが連続しているなあ。

十日町

十日町の駅に到着。間に合ってよかった、と一息ついていると、駅のロータリーをもの凄い勢いで走ってくる人がいる。あっ、浅井さんだ。わざわざ見送りに来たくれたのだ。「同窓会まで開いてくれてすいません」などと、みんな口々にお礼をいい、ぼくらは名残を惜しみつつ、ほくほく線の下り電車に乗りこんだ。

車窓

40分ほどで越後湯沢の駅に着いた。まずは「昼ごはん計画」を練ろう。ぼくはとっても飢えていた。二日酔い気味につき、今日の朝食はコーヒーのみ。でも飲み過ぎた翌朝はなぜか決まって腹がへる。そういう体質だ。きっと飲むのに夢中で、昨夜はしっかり食べていないんだなあ。カプチーノのラーメンだって、良く覚えていないくらいだもの。駅にはたくさん食べ物屋さんがある。ここでランチタイムか?などとやきもきしていたら、江部さんは、とっておきの店を思い出したという。

電車内

「夏に何度かいったことがある川魚の店で、調べてみると、今日の昼もやっているらしいんですよ。ここはひとつ行ってみるべきでしょう」と自信たっぷりだ。なんでも囲炉裏端で焼いた鮎やヤマメ、うなぎが食べられる店だとか。冬の雪国で川魚で熱燗を一杯?そして昼寝かあ。それはいいねえと、妄想が膨らむ。それならば、しばしの空腹も耐えられるというものだ。江部さんはさっそくその場で店に予約を入れるべくスマホを手にとった。そして指でOKの○印をつくってにんまり笑う。みんな拍手!

しかし、電車の出発まであと1時間ほどある。越後湯沢駅は東京からまつだい駅方面の乗り換え駅なので、これまで何度も通っているのだが、まだじっくり駅を見学したことはない。ちょっと拝見しよう。

藤原さん

駅の構内には地元の土産物屋や食堂がたくさん入っている。まず目についたのが「利き酒ギャラリー 越の室」。店の前には、酔っぱらって寝ころんでいるスーツ姿の男の人形がころがっている。ギャラリーと澄ました店名の割には、人を酔わせようという気合いがすごい。ちょっとした日本酒のテーマパークだ。ここは新潟県内ほとんどの酒蔵の地酒を試飲できるというのがうりだ。500円でコイン5枚を購入すると、だいたいの銘柄は、おちょこ1杯1コインから飲めるというシステムで、高級な銘柄の中にはコイン2枚、3枚というのもある。しかしなにしろ100種類以上がずらりと並んでいて、ただただ目移りするばかり。昼食は川魚料理で熱燗で一杯やるのだから、ここは泣く泣く利き酒は諦め見学だけでギャラリーを出た。

酒風呂

土産物屋が並ぶ奥の方にとんでもないものを見つけた。「酒風呂 湯の沢」である。越後湯沢の天然温泉のお風呂屋さんで、専用浴用酒なるものを湯に加えている!という。つまり酒風呂だね。酒の香りが漂う温泉の朝風呂?うーん、かなり魅力的だ。越後湯沢駅はどこまで人を惑わせるんだろうか。そうと知っていたら、ここに直行して湯に飛びこんだのに。しかしもう時間がない。気づけば電車の出発時間が迫っていた。後ろ髪をひかれる思いでホームに向かった。

大きな魚拓が吠えかからんばかりにぼくらを睨みつけている

駅

越後湯沢から約30分。11時過ぎに到着したのは浦佐駅だ。ぼくらが乗ったのは上越線の各駅停車だが、ここは新幹線の停車駅であって、ともかく駅舎が大きい。にもかかわらずほとんど人影がない。ぼくらの話し声だけが駅のコンコースに響く。
ここで駅を出てタクシーに乗った。この旅で初めてのタクシー利用だ。「やな」という江部さんのひと言で、運転手さんはすぐに了解する。有名な店なんだね。ぼくの中で思わず期待値が上がる。信濃川の支流にあたる魚野川を渡り、ワンメーターで店に着いた。

外観

しかしタクシーで降ろされた先にあるのは、漁師さんの作業場という趣の建物だ。なんというか、ただの小屋みたいにも見える。料亭のようなものを想像していたのだが、果たして大丈夫?
突然、建物の奥に料理屋の玄関らしきものがあった。引戸をあけて中へ一歩足を踏み入れてみると、なんとそこには、大きな魚拓が吠えかからんばかりにぼくらを睨みつけている。60~70cmはあろうかと思われるそいつはまさか川魚?
「サクラマス。ここで採れたやつ」と、帳場から顔をだした店の人が平然とおっしゃった。ここで採れたって、どういうこと?この店はいったい何なのだ!

魚拓

――つづく。

文:藤原智美 写真:阪本勇

藤原 智美

藤原 智美 (作家)

1955年、福岡県福岡市生まれ。1990年に小説家としてデビュー。1992年に『運転士』で第107回芥川龍之介賞を受賞。小説の傍ら、ドキュメンタリー作品を手がけ、1997年に上梓した『「家をつくる」ということ』がベストセラーになる。主な著作に『暴走老人!』(文春文庫)、『文は一行目から書かなくていい』(小学館文庫)、『あなたがスマホを見ているときスマホもあなたを見ている』(プレジデント社)、『この先をどう生きるか』(文藝春秋)などがある。2019年12月5日に『つながらない勇気』(文春文庫)が発売となる。1998年には瀬々敬久監督で『恋する犯罪』が哀川翔・西島秀俊主演で『冷血の罠』として映画化されている。