米をつくるということ。
私を棚田に連れてって。

私を棚田に連れてって。

えっ、青春18きっぷが使えない。もしかして、ここにいる全員がオーバー40だから?なんて冗談はさておき、目指すまつだい駅はJRじゃないのだ。ほくほく線。そして上の写真。黄色い画面の横に「くびれ」と書いてあるのかと思ったら「くびき」でしたね。各駅停車の旅は目にもきます。

そう言えばぼくらは、雪国に向かっているんじゃなかったのか

だるま弁当容器

水上駅の待合室で、ぼくは「だるま弁当」を瞬く間にかきこんだ。おかずの豊富さといい、茶飯のごはんといい、しみじみとホッとする味だ。しかもこの弁当箱、湾曲した形が手の平にピッタリ収まる。片手で持ちやすいのだ。だるま型というのは、縁起物にちなんだだけでなく、揺れる車内でも食べやすいようにという配慮なのかもしれない。なるほど良くできているなあ。

藤原さん

本当は高崎から水上へ向かう電車の中で、お隣さんの「峠の釜めし」をのぞき込みながら「それが旨そう」などと言って、おかずを交換しつつ駅弁を楽しみたかったのだが、数少ない4人掛けのボックス席を確保することなど、とうてい無理だった。そこでやむなく水上駅まで駅弁タイムを持ち越したという次第。

次の長岡行き電車の出発時間が迫っているという駅のアナウンスが流れた。気づくと待合室には、ぼくら4人だけになっていた。駅員さんはのんびり構えているぼくらのことを心配して、わざわざアナウンスしてくれたのだろう。東京では考えられない心遣いだ。みんなすぐに腰を上げて、改札からホームへと向かった。この電車を逃すと、ここであと4時間!待ちぼうけをくうことになる。

長岡行き電車
時刻表

電車が六日町に向けて進むうちに、不思議なことに気づいた。そう言えばぼくらは、雪国に向かっているんじゃなかったのか。なのに車窓から見渡す風景の中に、雪がほとんど見あたらないではないか。遠くの山の頂あたりが白くなっているのを、ときどき目にするだけだ。真冬の1月だよ?あたり一面、銀世界という景色はいったいどこに?スキー場らしき場所が見える。しかし雪がほとんどなくて、枯れ草がむき出しになっているところもあり、リフトも止まっている。本来ならスキーシーズン真っ盛りという時期だ。厚手の下着を着こんで寒さ対策万全で意気込んできたのに、なんだかはぐらかされた気分。

雪の少ない景色
スキー場らしき場所

「誰かいるよ、誰なの?」

車窓に雪景色を探しているうちに、電車がぼくらにとってはお馴染みの六日町にようやく着いた。去年の春から秋にかけて米づくりのために、新幹線に乗ってたびたびまつだい駅まで通ったが、その際も六日町駅でJRから北越急行のほくほく線に乗り換えていたのだ。ぼくは率先して跨線橋(こせんきょう)を昇った。いつもは待ち受ける厳しい農作業のことで頭がいっぱいだったが、きょうは何しろカプチーノが待っている。ルンルン、ランラン♪

六日町駅看板
ほくほく線案内板

ほくほく線のホームでは、2両編成のワンマン運転車両がぼくらを待っていた。北陸新幹線が金沢まで延伸開業となるまで、この路線には狭軌(新幹線サイズではない普通の狭い幅の線路)では、日本でもっとも速い特急電車が走っていたとか。なんと最高時速160kmというからびっくりする。
しかしぼくらが乗りこんだのは、各駅に停まる普通電車だ。車内で初めに目についたのが、デジタル掲示板に表示された「青春18きっぷは使えません」の文字。ぼくらは運転士に行き先を告げて、ほくほく線の切符を車内で購入した。ICカードで運賃精算、自動改札に慣れてしまった身には、この切符の手渡し感覚がなんとも新鮮だ。

ほくほく線車両
ほくほく線電光掲示板

そしてついに本日の目的地、まつだい駅に到着。おお、わが第二の故郷である。改札口の向こうに懐かしい顔が見える。スタッフの淺井忠博さんだ。「ただいま、帰りました」という感じでぼくらは挨拶した。

景色

はるばるここまでやって来たからには、わが棚田を見ないわけにはいかない。というか、そのつもりで雪道も歩けるブーツを履いてきたのだ。しかし、なんと外は雨模様だった。ぼくたちは用意してくれた長靴に履き替えて、傘を開いて棚田に向かった。
……行く先は一面の雪景色、深い雪の下で春の訪れを待つ田んぼがぼくらを待っているはず。北国の深々とした静寂のなかを、ザックザックと深い雪をラッセルしながら進む雪中行軍。そんな漠然としたイメージは脆くも崩れ去った。道はアスファルトがむき出しで水たまりもある。ああ残念。せっかく体力温存したのになあ。

いつもの赤とんぼ

「こんなに雪の少ない魚沼は初めてです」と淺井さんが言う。そのひと言で我に返った。この少雪は今年の米づくりに悪い影響を与えるかもしれないのだ!ぼくが勝手に期待していた雪国の叙情的風景なんかより、魚沼の米づくりへの影響のほうがやはり心配だ。

藤原さん

雨の中、アスファルトの坂道を登って、棚田へ通じる無舗装の脇道へたどり着いた。こちらには土の上に雪が積もっている。先導していた江部さん、沼さんらが脇へどいて「ここです。どうぞお先に」と、棚田への道を指し示す。「どうも」と頷いたぼくは、最初に冬の棚田を見るという栄誉を受けるべく、背筋を伸ばし颯爽と脇道へと足を踏み入れた。やがて手前の棚田が見えてきた。雪で白くなっているのは畦道だけだ。田んぼは満面に水をたたえている。近寄ってみると、鏡のように空模様を映しだしていた。
えっ?あれはなんだ。ずっと奥の田んぼの中にあるのは案山子?いや、動いているぞ。あれは黒ずくめの大柄な人間じゃないか!フードをすっぽりと被り、こちらに背中を向けて田んぼの中に立っている。しかも動きが異様に怪しい。背中をゆらし、左右の腕を振り回している。あきらかに普通じゃない。

藤原さん

「誰かいるよ、誰なの?」
ふり返ってほかのメンバーに聞いたが、誰も答えない。淺井さんも江部さんも、怖じ気づいたのかその場を動こうとしない。ぼくをあの怪しい奴の楯にする気なの?なんて人たちだ。カメラをかついだ阪本さんだけが、ぼくの後についてくる。

「あれ?ほんとだ、人がいますよ、人だ!」

阪本さんが叫んだ。そうなんだよ、なんかとてもヘンな人だよ、いったいどうする!ぼくは思わず握り拳をつくり身がまえた。

――つづく。

文:藤原智美 写真:阪本勇

私を棚田に連れてって。

藤原 智美(作家)

1955年、福岡県福岡市生まれ。1990年に小説家としてデビュー。1992年に『運転士』で第107回芥川龍之介賞を受賞。小説の傍ら、ドキュメンタリー作品を手がけ、1997年に上梓した『「家をつくる」ということ』がベストセラーになる。主な著作に『暴走老人!』(文春文庫)、『文は一行目から書かなくていい』(小学館文庫)、『あなたがスマホを見ているときスマホもあなたを見ている』(プレジデント社)、『この先をどう生きるか』(文藝春秋)などがある。2019年12月5日に『つながらない勇気』(文春文庫)が発売となる。1998年には瀬々敬久監督で『恋する犯罪』が哀川翔・西島秀俊主演で『冷血の罠』として映画化されている。