ローストポークの重量は450g!驚くのはボリュームのみならず、お得な値段とその味わいだ。東京都立浅草高校夜間部(正しくは、昼から夜の授業を担当する三部制B勤務)国語教師、神林桂一さんによる浅草エリアのランチ案内。足を運んで、食べて選んだ自作ミニコミ「浅草ランチ・ベスト100」より、土曜、日曜限定のランチを紹介します。
今日は、NHKの生活情報番組『ガッテン!』にも登場した、豚愛にあふれた豚博士の豚料理専門店だ。
店の名は「groin groin(グロワグロワ)」、オーナーシェフは栗山裕二さん。予備知識なしには太刀打ちできないので、少し予習しておこう。
まずは「三元豚」(さんげんとん)について。あなたは、三元豚とはブランド豚のことだと思っていないだろうか。僕はそうだった。確かに「平田牧場三元豚」「折爪(おりつめ)三元豚・佐助(佐助豚)」「和豚もちぶた」などのブランド三元豚はある。しかし、三元豚とは品種名ではなく、3種類の品種の豚を掛け合わせた「三元交配豚」のことで、日本国内で生産される食用豚の98%を占めているのだ(欧米ではほとんどが四元豚)。
もっとも主流の組み合わせは、「ランドレース」「大ヨークシャー」「デュロック」。有名な「かごしま黒豚」(六白黒豚、4本の足先・鼻・尾の6ヶ所が白い)はバークシャー種だそうだ。また「TOKYO X」は新しい合成種である。
次に、日本では「世界三大豚」は、スペインの「イベリコ豚」、中国の「金華豚(きんかぶた)」、そして沖縄の「あぐー」と言われている。
先に挙げた豚はすべて食べたことがあるので大丈夫だろう、と「グロワグロワ」に道場破りに行ったのだが、あまりのレベルの違いに瞬殺されてしまった。
扱っている豚がケタ違いの「幻の豚」なのである。
その豚の名は「今帰仁アグー」と「国宝ブラックポーク」の2種類だ。
まず「今帰仁アグー」。僕たちが知っているのは「アグー」ではなく「あぐー」だ。「あぐー」は沖縄県農業協同組合の登録商標(1996年)で、琉球在来のアグーの血を50%以上有する戻し交配の豚だ。
一方「今帰仁アグー」は、日本唯一の限りなく純血に近い幻の豚なのだ(2012年に商標登録・2014年に「食の世界遺産 アルカ」に認定)。
そもそも「今帰仁」が読めますか?
「今帰ったにー」などと酔っ払いのお父さんのように読んではいけない。
「なきじん」、沖縄県国頭(くにがみ)郡の村名だ。僕も、沖縄修学旅行の事前学習のため沖縄に深く関わるまでは読めなかった。本島のバスガイドさんの鉄板ネタに「沖縄の美人の系統2種類」というのがあり、南の丸顔の色黒美人を「糸満(いとまん)美人」、北の細面の色白美人を「なきじん美人」というのだそうだ。これで一発で覚えたでしょ? 僕も今帰仁美人には憧れても、今帰仁アグーは知らなかった。不覚! 年間生産300頭のみ、一般の豚の3倍以上の肥育時間とコストがかけられるという。
もう1種類は「国宝黒豚(ブラックポーク)」(一般には流通していないので、このネーミングは栗山さんのオリジナル)。中国4000年の至宝(これも栗山さん流)「満州豚」と、ハンガリーの国宝「マンガリッツァ豚」という2つの国宝級の豚を掛け合わせた幻の黒豚(二元豚)だ。
「マンガリッツァ豚」とは、2004年にハンガリーの国宝に認定された、国が保護・管理し、限られた生産が行われている珍しい「食べられる国宝」だ。
一方の「満州豚」も1972年、日中友好の証としてパンダ2頭(カンカン・ランラン)とともに中国から寄贈されたという経歴を持つ希少な物凄い豚なのだ。
栗山さんは、30歳まではバンドひとすじだった。ヨーロッパを旅行した時に「豚の文化」の奥深さにふれたことが、今の店につながる。豚は欧米では「幸せのシンボル」だそうだ。豚肉専門という前例のない店だが、肉の利用範囲も広く、調理法もバラエティーに富む豚肉は、料理していて一番おもしろいという。
“部位ごとに調理法を変える豚肉専門店”“幻のアグー豚専門肉バル”“幻のローストポークと自然派ワイン”と、店のキャッチフレーズがいろいろあるのも、こだわりの証だ。
店名の「グロワグロワ」は、フランス語の豚の鳴き声(ちなみに、中国語「ホンホン」、英語「オインクオインク」、ロシア語「フリュフリュ」)。中野で8年間営んだが、道路拡張のため2016年に浅草に移転してきた。カウンター4席、テーブル12席。
ランチは4種類のメニューがある。
① 「国宝黒豚特選コース」(2,970円)は、他店では食べられない幻の黒豚のローストポーク中心、全5品。国宝黒豚は、しっかりした噛みごたえで、肉の味も濃厚!
② 「本日のスペシャル」(1,760円)は全4品。
③ 「豚屋の肉3種盛り!!」(1,320円)は前菜とメイン。
そして今回いただいたのは、昼の目玉商品
④ 「1ポンド!!ローストポーク」(本日のスープ、パン付き)。
なんと上限450gの間で好きな量を指定して注文できて1,100円均一という太っ腹メニューだ(ただし、食べ残しはプラス1,100円の罰金なのでご注意を)。
上州四元豚の内ももと外ももの5kgの塊肉を、57度で低温調理すること10時間!
薄くスライスされたロースとポークは、柔らかく肉汁があふれる。
生姜焼き風のクリームソースもピッタリだ。
絶対お得!5kg限定、売り切れ御免なので早い者勝ちですよ。
無料メルマガ「グロワ倶楽部」に登録すると「お薦めメニュー無料!!もしくはフランスワイン半額!!またはオススメの金の豚コース5,000円が3,980円に!」という破格のサービスが受けられる。
これは、毎日のように更新するメルマガで、あふれる「豚愛」と「豚の知識」をおすそ分けしたいという栗山さんの熱い想いの表れなのだ。
ここで豚について少し。よく「関西の牛、関東の豚」という。確かにカツと言えば西は「牛かつ」、東は「とんかつ」。西の牛の「どて焼き」、東の豚の「もつ煮込み」。関東では肉と言えば豚なので「肉まん」だが、関西では肉とは牛のことなので「豚まん」と言う。
関東の豚文化を端的に表しているのが「やきとり」だ。1950年代頃までは鶏肉の「焼き鳥」は高価だったので、豚の焼き鳥風串焼きをひらがなの「やきとり」として売っていたのだ(「やきとん」という名称は人気がなかった)。僕の若い頃は看板に「やきとり」とあっても、鶏は「正肉(ねぎま)」「皮」ぐらいしかなく、「タン・ハツ・カシラ・シロ・レバ」といった豚がメインだった。今でも使い分けている店も多い。「焼き鳥」と明確に区別するために「もつ焼き」という呼び方も生まれた。中でも、下町は豚の町、もつ焼きの町だ。2015年6月までは「豚のレバ刺」なども普通に(自己責任で)食べられていた。
最後に「浅草・豚の四天王」をご紹介しよう(とんかつ屋は除く)。
① 「喜美松」:1980年開店。観音裏の豚もつ料理の名店。ゆでもつ刺など豊富。
② 「グロワグロワ」:2016年開店。ひさご通り。唯一の洋風豚肉料理専門店(今回紹介)。
③ 「千代乃家」:1951年創業。伝法院通り。「もつ焼き」と呼んだ元祖と言われる。
④ 「もつ政」:1984年開店。西浅草のもつ焼き。吉田類『酒場放浪記』(BS‐TBS)登場。
文:神林桂一 写真:萬田康文