「カゼトソラ」を訪れたら、酒に酔う前に空間に酔ってしまう。赤、青、緑といった魅惑の照明が天井からニョキニョキと生えているよう。そしてこの店、蕎麦屋である。けれど、シリーズ2回目になっても蕎麦は登場しない。麺は麺でも、ラーメンである。
雑司ヶ谷の大鳥神社のはるのパン祭りで、マドレーヌを売っていた高円寺風おじさんは、小岩で蕎麦屋「カゼトソラ」を営む大森大和さんだった。でも、私が訪れた日は「中華ナイト」だという。〆はラーメンだという。ひょうたん型の小惑星が照らす薄暗い和室で、不思議な宴が幕を開けた。
始まりは、野菜の盛り合わせ。干し椎茸のクミン炒めに、海老醤添えのおろぬき大根、オクラのカレー炒め。白いごはんが欲しくなる。ん、このとうもろこし、紫色で珍しいなあ。むちむちの、ぷっちぷっちで、噛むたび、じんわりとうもろこしの味がする。これ、なんていう種類のなんだろう。
ビリっと山椒が効いた麻婆豆腐と、ふんわり柔らかい花巻。イベリコ豚のチャーシューは、脂身たっぷりでギョッとしたが、白く透明なプルプルを口に含むと、ジュルッとあまい脂が口いっぱいに広がり、また白いごはんが欲しくなる。このイベリコ豚は「ベジョータ」で、最上級ランクを使っているという。どんぐりや草など、自然のものを食べて育った豚の脂身にはクセがなく、すっと口の中で溶けていく。
澄んでいる。まるで、ソラを渡るカゼのようだ。目の前に置かれたラーメンを見て思った。シンプルなトッピングに、黄金色の透きとおったスープ。ラーメンと言われて頭に浮かべる、ガツンと体育会系なものとはぜんぜん違う。
スープをすすってみる。ほのかに鶏ガラと煮干しのおもかげが口の中に広がる。でも、ほのかに、だ。薄くぼやけていて、掴めない。追い求めるようにずるずる食べ進めていくと、ぼんやりとしていた味の輪郭が、だんだんはっきりとしてきた。イベリコ豚のチャーシューから湧き出る油滴とメンマの塩みがじわじわスープに溶け込んでいく。そして、最後のズズズッ!で、グッとくる。
ファーストバイトで勝負する体育会系ラーメンとは、真反対。こちらから五感をそばたてて味わいを掴みにいく。するとだんだんわかってくる。こちらを楽しませてくれるのではなく、こちらから味わいにいかないとわからない。食は時として、食べるものの感覚を磨き上げてくれるのか。ズズズッ!なんて素敵なクライマックスなんだ。
お腹がいっぱいになって落ち着いたからか、暗闇に目が慣れてきたからか、部屋の細部がよく見えてきた。赤や青の大きな小惑星は、ひょうたんで出来ている。星と月と雲の影絵は、部屋のいたるところに施されたくり抜きの影。すごいな。どれも微妙に、模様が違う。
「ひょうたんのランプも、ドアのくりぬきも。全部、私が自分でつくりました」と、高円寺風おじさんは言う。もしかして、このテーブルも?なんて、笑いながら聞いたら、静かに頷いた。本当に?!
どうやら、この妖しげな、いや煌めく空間は、おじさんがつくり出した小宇宙だったようだ。ひょうたん惑星の周りを彷徨う鼻メガネとか、楽しそうなガラクタは何?
「使わなくなったものを、ぶら下げてみました」
いまは使わなくなった、過去のもの。その周りを巡る小惑星。まるで、画家のゴッホの「星月夜」みたい。ゴッホの星月夜は、病室から見えた夜景に、過去の思い出をコラージュして描かれたって聞いたことがある。この部屋を照らす謎の飾りも、いつか見た夜景をベースに、ひょうたんのランプと過去の思い出でつくられたとしたら。
そうか!これは、「カゼトソラ」店主の大森さんがつくり出した「星月夜」なんだ。大森さんは、ゴッホだ。よし、今後はゴッホおじさんと呼ぼう。心の中で、勝手に決める。
となると、芸術家ゴッホおじさんのつくる蕎麦が、がぜん気になってくる。そう。まだ、肝心なお蕎麦を食べていない。今度こそ、お蕎麦の予約をしなければ。そのとき、ふと思った。なんでこの店、週3日しか営業してないんだろう?
「いろいろ食材の買い出しに時間がかかりましてね。日本橋まで牛乳を買いに行ったり、山伏に山菜を送ってもらったりね。手短で手に入るものじゃ、満足できないもので」
牛乳を日本橋まで、買いに行く?
山伏って、誰?
――つづく。
文:朝野小夏 写真:鈴木泰介