東京都立浅草高校夜間部(正しくは、昼から夜の授業を担当する三部制B勤務)国語教師、神林桂一さんによる浅草エリアのランチ案内です。足を運んで、食べて選んだ「浅草ランチ・ベスト100」。第8軒目は、神林先生お得意ジャンル「居酒屋」のランチ部門からヘルシーな定食の紹介です。
今回からは、僕の主戦場たる「居酒屋」編だ。といっても、ランチのお話。
居酒屋のランチは、店の名物メニューをメインにしたりしていて、個性豊かで侮れない。
僕は居酒屋に限らず(特に高級な店などは)、まず「一見(いちげん)さん」としてはランチを食べ、気に入った店には夜も伺い「裏を返し」、間を空けずに通って覚えてもらい「馴染み」となる(おっと、これは𠮷原遊郭の作法だった)。
ランチが美味しい店は、夜行っても満足できるものだ。そして、その逆もまた真なり。
「居酒屋」部門の1軒目は焼酎居酒屋「一匹呑んどころ ○吉八(まるきちや)」だ――ということで、まずはランチのアペリティフとして焼酎のお話から(アルコール度数は高いけれど)。
東アジア一帯は「麹の酒」エリアだ。しかし、日本の焼酎・泡盛のような「ばら麹」(黄麹・黒麹などを選択して使用)ではなく、中国、タイ、フィリピンなどでは多くの菌が混在した「餅麹」が使用される。朝鮮半島の「ソジュ」は、真露に代表されるような複数の穀物をブレンドして造った日本の焼酎甲類(連続式蒸留焼酎)にあたるものが主流だ。日本の乙類焼酎(単式蒸留焼酎、本格焼酎)や泡盛が洗練され、しかも味わい深い秘密は、造り方にある。
焼酎酒造場数は連続式蒸留・複数酒類免許も含むと967場ある(「国税庁 酒のしおり 2019年」の「酒類等製造免許場数」によると、連続式単独製造36+複数の酒造免許77、単式単独製造371+複数の酒造免許483)。
僕は今までに焼酎178蔵、泡盛39蔵の酒を飲んでいる。
そんな僕の飲酒歴と重ねて、焼酎のブームについてふり返ってみたい(参考『dancyu』2016年9月号 特集「焼酎が来るぞ!」内、記事「焼酎が来た道」)。
1970年代後半「第1次焼酎ブーム」。本格焼酎(乙類)が東京に進出、お湯割りがブームになる。五反田に伝説の店「日南(にちなん)」が1970年に開店(80年代に僕が焼酎に目覚めた店で200種類を揃えている。
1980年代「第2次焼酎ブーム」。下町のナポレオン“いいちこ”が爆発的ヒット。甲類焼酎がブームとなり、チューハイが居酒屋の定番に。缶チューハイも登場し、若者を中心に焼酎を飲む文化が定着する。
2000年代「第3次焼酎ブーム」。21世紀とともに本格焼酎、中でも芋焼酎が空前のブームに。しかし、一方ではプレミアム焼酎が増え、「庶民の酒」から高値の花へとなってしまう傾向も……。
2003年には日本酒の出荷量を上回る。そして、都市圏では焼酎バーが人気に。
2004年には浅草「ぬる燗」、2006年には浅草「○吉八」が開店。
僕もさまざまな銘柄や「前割り」という飲み方を教えていただく。国語の教員としては、2010年に「酎」の字が常用漢字に採用され、晴れて「焼酎」と正式に表記できるようになったことを強調したい!
また、僕の住む千葉の行徳は幸いなことに焼酎のレベルが非常に高い。行きつけの「焼酎バー 海月(くらげ)」のママは僕の焼酎と日本酒の師匠である。
その後、焼酎ブームは去り、現在は残念ながら低迷期と言えるだろう。
焼酎・泡盛の現状は他の日本の酒に比べ、海外での知名度が低く、人気も芳しくない。しかし、その旨さは決して他の酒に負けてはいない。ただ知られていないだけなのだ。
僕などは日本酒よりも、むしろ慣れてくれば焼酎の方が外国人に悦ばれるのではないかとさえ思っている。みんなで焼酎を応援しよう!
「一匹呑んどころ ○吉八」に話を戻そう。ママの水谷保子さんは上野の生まれ。市ヶ谷「嘉多蔵(かたくら)」(閉店)で6年間働くうちに薩摩焼酎の魅力にハマり鹿児島マニアに。九州の蔵元にも足しげく通うようになる。
そして2006年に浅草で独立。100本の選び抜かれた焼酎と数種類の日本酒は、ほとんどが500円均一! 料理も九州・沖縄のものが多い。店名は「いいことが末広がりに」という意味だ。
そのうち、「酒の肴はメシにも合う」ということでランチを始める。
ママは太っ腹だ。
「30品目バランスランチ」は「お好みの主菜(8品から選ぶ)・数種類の小鉢・十五穀米・豆腐入り ごろごろけんちん汁」という豪華さで980円! 野菜不足解消、酒粕・麹など発酵食品による健康増進など身体にやさしい内容で、ビジネスランチとして人気があり、殊に女性客が多いという。
他にも「お持ち帰り30品目バランスお弁当」は880円だし、毎月 8の付く日は「8品おかずの○吉丼」が500円!
そして、これもお薦めの飲み放題付き宴会は、まさに「焼酎パラダイス」と化すのだ。
ね、実に太っ腹でしょう!
2015年、ホテル「RED PLANET HOTELS(レッドプラネットホテルズ)浅草」(東京都台東区浅草1‐11‐6)開業に伴い朝食・昼食を任され、「お江戸ダイニングバー MARUKICHI」をオープン。
ランチの「30品目食材使用デリデリサラダバイキング」1,200円がお得だ。
12種類のメインから1品選ぶと、サラダバー・ドリンクバーが付いてくる。こちらはご年配の女性グループに人気だという。
ママは頑張り屋だ。
でも2店舗を一人で回すのは不可能。「○吉八」の昼・夜は仲良しのスタッフに任せ、自らは「MARUKICHI」の朝・昼を担当。「○吉八」の夜担当がいなくなった現在は、金曜の夜だけママが店を開いている。
そういえば産休のあとは乳母車に赤ちゃんを乗せて店に立っていたっけ。
姉妹店2店舗のランチは健康的で素晴らしい。
しかし、「○吉八」の夜の部も金曜日だけではもったいない。酒・肴だけでなく、居心地も最高なのだ。元同僚の教員で、転勤までの数年間、毎日通っていた男性がいたぐらいだ。
――そう残念に思っていたら、今回の取材で嬉しいニュースが。ホテルの朝食を慣れてきたスタッフに任せ、2月からママが火~金の「○吉八」の夜に返り咲くというのだ(涙涙)。みんなでママを応援しょう!
ママは太っ腹で、頑張り屋で、まるで「肝っ玉母さん」のようだ。
そして太陽のように明るく温かい。
僕はいつもママから元気をもらっている。
あなたは「○吉八」の昼・夜、「MARUKICHI」のランチバイキングのどこに来てみたくなっただろう?
ぜひ名物ママにも会いに来てくださいね。
文:神林桂一 写真:萬田康文