ハンバーガーとひとことでいっても奥は深い。今回は素材を吟味し、シンプル・イズ・ベストを感じさせるグルメバーガーの紹介です。東京都立浅草高校夜間部(正しくは、昼から夜の授業を担当する三部制B勤務)国語教師、神林桂一さん自作のミニコミ「浅草ランチ・ベスト100」肉料理部門に選出した一軒です。
ハンバーグは、13世紀のモンゴル騎馬民族タタール人が筋の多い馬肉を細かく刻んで生で食べていたことに由来する。これがタルタルステーキとしてヨーロッパに渡り、ドイツのハンブルグ地方で刻んだ肉を焼いて食べることが流行する。この「ハンブルグ風ステーキ」が移民によってアメリカに伝わり、牛肉を使ったハンバーガーと呼ばれるようになる(「ハンバーグ」は和製英語で、アメリカではハンバーガーステーキと呼ばれているのだ!)。
諸説あるが、1904年の「セントルイス万国博覧会」にはパンに挟みサンドイッチ状になったものが売り出され注目されるようになるので、1890年代後半には現在のハンバーガーが誕生していたことになる(アンドルー・F・スミス『ハンバーガーの歴史 世界でなぜこんなに愛されたのか?』スペースシャワーネットワーク)。
今ではファストフードの代名詞的存在となっているハンバーガー。その「にっぽんの夜明け」は、1971年7月20日の「マクドナルド」日本1号店の開店である(実は1963年に沖縄に「A&W」チェーンが開店しているが、そのとき沖縄はまだ米軍統治下だった。また、1970年にダイエーが町田に「ドムドムバーガー」をつくるが、ダイエー内限定店ということもあり、それほど注目されなかった)。
「マクドナルド」は、銀座三越の1階に小さなテイクアウト専門店として誕生したのだが、銀座通りに面しており、瞬く間に人気店となった。買ったばかりのハンバーガーを食べながら銀座歩行者天国を歩くのがトレンドとなり、当時高校2年生だった僕もしっかり行列に並んだものだ。
値段は80円。ビール大瓶1本132円、ラーメン96円の時代だ(東京都『小売物価統計資料』)。
現在は、「マクドナルド」のハンバーガー110円、ビール約350円、ラーメン約690円なので、当時は高級だったことがわかる。そして、1972年には「ロッテリア」「モスバーガー」も登場する。
それ以前もアニメ『ポパイ』の中でウィンビーがハンバーガーばかり食べていたのでその存在は知ってはいた。また、六本木「ザ・ハンバーガー・イン」(1950~2005年)、横須賀「ハニービー」(1968年)などは、隠れキリシタンのように“潜伏”していた。
そして、浅草にも「ジロー」(1960年代前半~2005年)という店があったことをご存知だろうか。現在は「珈琲 天国」となっている渋い店で、かの料理評論家・山本益博氏も「浅草に住んでいたら毎日通いたい」と絶賛していた名店だ。
この店ではホットドッグと呼んでいたが、パン屋「ペリカン」オリジナルの丸いパンをカリッと焼き上げて使用していたので、今ならばハンバーガーだ。覚えている方がいらっしゃったら、あの味について一杯飲みながら語り明かしたいものだ(先日、浅草のオーセンティックバー「FOS」のマスターと語り合いました)。2012年、神保町「TOKU」という店がメニューを復活させ狂喜乱舞したが、残念ながら2年後に閉店してしまった。
それまでのジャンクフード的なイメージを払拭し、こだわりを尽くした「グルメバーガー」。その先駆者は、1996年オープンの本郷三丁目「ファイヤーハウス」だといわれる(『東京カレンダー』web版)。僕は、1990年オープンの五反田「フランクリンアベニュー」だと思うのだけれど。
今回ご紹介する「THE BURGER CRAFT(ザ バーガー クラフト)」店主の曽根大五郎さんも、「ファイヤーハウス」に衝撃を受けたことが今の店につながっているという。
「THE BURGER CRAFT」は、2017年オープン。曽根さんは、都内各所で和食、イタリアン、スペイン料理の店で働いてきたほか、店の立ち上げ(店舗計画やメニュー開発)の仕事にも携わってきたという。そして、自分ひとりで店を始めるにあたり、ハンバーガーを選んだ。
料理界は往々にして「足し算」が横行し、値段とコテコテ感はどんどん増していきがち。グルメバーガーもその例外ではない。
ところがバーガーは「引き算の美学」が貫かれている。
余分なものを削ぎ落とし、ピュアな美味しさを目指しているのだ。
まずバンズ(パン)の生地は、モチモチ感と甘味のある「リッチ系」(砂糖、卵、バター、乳製品を使用)ではなく、バケットやカンパーニュと同じ「リーン系」(小麦粉・水・塩・酵母)だ。しかも硬くならないよう、主張しすぎないよう、パン職人と話し合ってつくり上げた特注品である。そのバンズをしっかり焼き上げることで、かぶりついた時のカリッとした食感を演出している。
あぁ、かの「ジロー」の食感を思い出す……(涙)。
次にパティ(肉)は、卵、牛乳などのつなぎを入れない牛肉100%。そのまま焼いたのではバラバラになってしまうので、塩で練ってひと晩寝かせてから使う。
包丁で丁寧にチョップされた和牛の旨味と、角切りにしたオージービーフを混ぜゴロッと感を出す。片面を7割ほど焼いて焦げ感を出し、最後は蒸し焼きにすることにより、ジューシーさと香ばしさとを共存させている。
基本のチーズバーガーは、選び抜いたチェダーチーズ、毎日市場から仕入れるフレッシュ野菜をのせ、味付けもマスタードと自家製マヨネーズと塩だけ。シンプル・イズ・ア・ベストの典型である。
引き算の美学」と言った意味、ご理解いただけただろうか(ところが味の方は、それぞれの素材が生きて「掛け算」の味になっています!)。
曽根さんの引き算は、ここに止(とど)まらない。13種類のハンバーガーにはサラダかポテトがセットになっている。ランチでは驚くことにドリンクまで付けて、全品200円引きとしたのだ!
消費税値上げを前に実行されたこの英断。
何とも頭が下がる。
後光がさして見える人物は、前シリーズ「観光客の知らない浅草~浅草高校・国語教師の飲み倒れ講座~神林先生の浅草ひとり飲み案内」で紹介した居酒屋「ずぶ六」店主の谷口賢一さん以来だ。
曽根さんの志の高さは、オシャレでピカピカな店内を見ただけでもわかる。全12席と広くはないが、テイクアウトも、2回目以降は電話予約による受け取りも可能なので、ぜひぜひ、「クラフト=手づくり」の名に恥じない味をご堪能ください。
そうそう、ビールとの相性も感涙ものですよ!
最後に「浅草のパン事情」を少々。
浅草でパンやと言えば、まず「パンのペリカン」(1942年開業)だ。2017年に直営の「ペリカンカフェ」もオープンさせた。老舗喫茶店の「ハトヤ」「オンリー」「アロマ」などで「ペリカン」のパンが味わえる。とくに「アロマ」のオニオントーストは絶品だ。
次にテレビ東京『出没!アド街ック天国』「浅草 千束」の「気にスポ!」のコーナーで謎のパン屋として紹介された「宝盛堂」(1931~2007年)。閉店しているのだが、洋食「ヨシカミ」など数店の常連さんにだけ週3回パンを焼いている幻の店だ。「浅草ランチ・ベスト100」に選出した喫茶・カフェ部門の喫茶「あかね」では常時食べられるので、ぜひどうぞ。
他にも「SUKE6DINER」のパン工場「マニュファクチュア」(2015年)、あんぱん60種類の「あんですMATOBA」(1924年)、天然酵母パンの「粉の花」(2008年)など楽しい店が揃う中、僕が日本一の惣菜パンの店だと思っているのが「テラサワ」(1950年)だ。
生クリームコロネ、焼きそばパンなど、よくお世話になってます。
ところで、「ザ・バーガークラフト」のバンズは、どちらのパン屋がつくっているか……。
それはパン屋さんの意向で秘密です。あしからず。
文:神林桂一 写真:萬田康文