日頃、日本各地でさまざまな料理を食べ回っているdancyu編集長・植野が「令和元年に感動した五皿」を紹介します。
世の中にはさまざまな鍋があるが、シンプルに旨味を突き詰めていくと、こうなるのではないか。と思ってしまうのがこれ。神田「味坊」は中国東北地方の料理を出すガード下の小さな店だった。普通の町中華の雰囲気だが、羊の串焼きや餃子、香菜サラダ、板春雨など、ここならではのメニューと自然な味わい、それを紹興酒やナチュラルワインをがぶがぶ飲むという楽しさにハマる人が続出(僕もその一人だが)。大人気となって店を拡張し、御徒町などにも店を出した。
しかし、店が増えても、調味料も含めできるだけ手づくりするというやり方は変わらない。さらに“発酵料理”のバリエーションも増えた。その代表が「酸菜白肉鍋」だ。白菜を塩で揉んで袋に入れ、置いておく。この発酵して旨味が増した“酸菜”と豚バラ肉、春雨をスープで煮込む。味付けは塩と胡椒のみ。これだけで、こんなにも旨味が深くなるのか!と驚く。
酸菜のコクや酸味が、豚バラ肉のまろやかな甘味を優しく包み込みながら全体を調和させ、融合させる。口の中に入ったときにはすべての素材が混然一体の旨味となって広がる。体に優しく、心が休まる味わいだ。出来立ても旨いのだが、煮込み続けるとさら味が凝縮していく。この味わいのグラデーションもいい。
そして、なにより主人の梁さんの笑顔が最高の調味料。この笑顔と鍋があれば、どんな寒い夜でもほっこりできるのだ。
文:植野広生 写真:日置武晴