山の音
キョンキョンと言えば。

キョンキョンと言えば。

歌謡曲が元気だった時代、共通言語としての歌があった。レコードが何枚売れたとかはそれほど重要なことじゃなくて、世代を問わず口ずさめる歌謡曲が巷にはあふれていた。なんて思うのは、昭和の時代への郷愁かな。いや、歌は世につれ世は歌につれってことなんだよな、きっと。

世の中にはいろんな人がいるもんだな

鼻の奥がむずがゆい日が続いてなんだかヤバいな、と思っていたら、案の定、風邪を引いてしまった。喉が痛くて関節が痛み、あたまがボーっとしている。昨日はほとんど何もせずに家にいてベッドで過ごした。
今日も朝から家で過ごす。いま、午前10時半なのだが、テレビでは自分の夫婦喧嘩をオペラにしてしまった作曲家の話をやっている。ゆうべは網走監獄で脱獄を繰り返していた昭和の脱獄王、白鳥由栄のドキュメンタリーを見た。食事の味噌汁で手錠と視察孔を錆びさせて外し、関節を脱臼させ、監獄の天窓を頭突きで破り監視口をくぐり抜けて脱獄したそうである。身体力も頭の良さもすっげえなあ。出所後に本人にインタヴューしたことのある作家が登場して、そのインタヴューの肉声がカセットテープで再生されていて凄みがあった。

大森さんの写真

さっきのワイドショーでは、夫と映画を観た後、うっかり知らない人と腕を組んで歩いてしまった女優さんの逸話が紹介されていた。世の中にはいろんな人がいるもんだな。
そして、ここには風邪を引いたオッサンがいる。上の部屋ではリフォームのための工事をやっていて、木槌か金槌かでトントンと木を叩く音が聴こえてくる。そう言えば、ひと月ほど前にリフォーム工事をするのでご迷惑おかけします、と挨拶に来てくれたっけ。あのとき持ってきてくれたクッキーがあったはず。あれ?もう食べちゃったんだっけ。いつの間にかテレビは天気予報になっていて瀑弾低気圧の到来を告げている。関東には木枯らしが吹くらしい。

客人にりんごのすりおろしを出す

木枯らしといえばキョンキョンの歌があったな。柳家喬太郎じゃなくて小泉の方のキョンキョン。なんだっけ、小泉今日子、木枯らし、とググってみると、あ、あったあった。YouTubeで「木枯らしに抱かれて」。へーっ、これ1987年の歌なんだ。高見沢俊彦の作詞・作曲だったんだ。夜のヒットスタジオだな、これ。あー、木枯らしに抱かれてしまえば風邪も治るかな、寒いかな、気合い必要だな。

大森さんの写真

そういえば昔、小泉さん、撮ったことあったなぁ、ジャングルジムにもたれるモノクロームのキョンキョン。可愛かったなあ。あ、月曜日に撮った SF作家のふたりの写真をそろそろセレクトしなきゃいけないな。早めに送らなきゃいけない請求書もあったな。先週のロケのときの交通費の領収書も整理しないとな。やることたくさんあるな。
風邪を引いているけれど。子どもの頃、風邪を引いて熱をだすと母がよくりんごをすりおろしてくれたな、そう言えば。すりおろしたりんごって最後に食べたのっていつだっけ?
あ、そうだ樹木希林さんだ、って出し抜けですが。いつだったか内田也哉子さんの撮影でお宅に伺ったときに、樹木さんがいらっしゃって、もらいものがたくさんあるからと言って、りんごをすりおろして出してくれたことがあったのです。客人にりんごのすりおろしを出す、ってなかなかに難しいことのような気がするけれど、樹木さんの振る舞いはあまりに自然で、とても美味しかったことをいま思い出した。ちょっとだけ自分がテレビドラマの役を当てられたようも気もしたな。

大森さんの写真

――師走につづく。

文・写真:大森克己

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大森 克己(写真家)

1963年、兵庫県神戸市生まれ。1994年『GOOD TRIPS,BAD TRIPS』で第3回写真新世紀優秀賞を受賞。近年は個展「sounds and things」(MEM/2014)、「when the memory leaves you」(MEM/2015)。「山の音」(テラススクエア/2018)を開催。東京都写真美術館「路上から世界を変えていく」(2013)、チューリッヒのMuseum Rietberg『GARDENS OF THE WORLD 』(2016)などのグループ展に参加。主な作品集に『サルサ・ガムテープ』(リトルモア)、『サナヨラ』(愛育社)、『すべては初めて起こる』(マッチアンドカンパニー)など。YUKI『まばたき』、サニーデイ・サービス『the CITY』などのジャケット写真や『BRUTUS』『SWITCH』などのエディトリアルでも多くの撮影を行っている。