中野慎太郎シェフが披露するふたつ目のケーキは「ポワール」。秋の果実の洋梨と甘酸っぱいグリオットチェリーを合わせることは、ケーキづくりではよくある組み合わせ。定番の食材も、中野シェフの手にかかるとまったく新しい味わいへと変化する。
洋梨とチョコレートとグリオットチェリー。ケーキでは王道の組み合わせながら、中野慎太郎シェフの手にかかれば新感覚の美味しさになる。
ラ・フランス風味が豊かなムースの中には、コンポートにした洋梨が入った定番の構成と思いきや、さにあらず。洋梨はレモン果汁でソテーしてある。キリッとした酸味をつけることで味の輪郭をはっきりさせようと考えてのことだ。些細な手間だが、口に含むとレモンの酸味なしではこのケーキは成立しないとさえ思える。
また、洋梨の下に敷いたチョコレートの存在感が素晴らしい。ケーキの表面を覆うグリオットのピューレと共にムース全体の味を引き締め、インパクトのある味わいに仕上げている。
「ジョエルロブション」「NARISAWA」とトップクラスのグランメゾンで研鑽を積んできた中野シェフ。とりわけ「NARISAWA」では、世界のトップシェフらと関わることも多かったはずだ。独創性の高い成澤由浩シェフのもとで、最先端の料理感覚を学んだその経歴を見れば、さぞかし尖ったケーキを打ち出しているのでは?と思っていた。
意外にも彼のつくる菓子には不思議な温かみが感じられたのだ。そんなことを考えつつケーキを口にすると、必ず、あっ!と目を見張る想定外の仕掛けに気づく。定番の組み合わせには、中野シェフらしいアイデアが潜み、一見斬新な構成のケーキには誰もが慣れ親しんだ味や香りを忍ばせるなど、最初から最後まで飽きさせない驚きと発見が新しい。
それらが、ひとつのケーキの中で見事に調和していることが素晴らしい。すべてを一緒に口にしたときの味わいのハーモニーは、一皿のデザートを食べた後の余韻とどこか似たものがある。
――2019年11月29日につづく。
文:森脇慶子 写真:馬場敬子