「Shinfula」10個のケーキ。
「Shinfula」のめくるめくケーキに魅せられて。

「Shinfula」のめくるめくケーキに魅せられて。

埼玉県志木市の住宅街にポツンと佇むケーキ屋「Shinfula(シンフラ)」。淡い壁色に謙虚な大きさの店構えは、尊大な雰囲気を感じさせない町のケーキ屋さん。ここは、かつて世界のグルマン達を魅了したパティシエが、生まれ故郷で開いた店。

どうしても忘れらないケーキの味。

3年ほど前からずっと気になっていたケーキ屋さんがあった。
店の名前は「Shinfula(シンフラ)」。一度も訪れたことのないこの店に恋い焦がれていたのには理由がある。ほかでもない。主人の中野慎太郎シェフは、あの「NARISAWA」で9年にわたり、パティシェを務めていた人物だからだ。

ケーキ
「NARISAWA」は世界最高峰のレストランランキング「The World's 50 Best Restrans」の常連店。日本を代表するガストロノミーレストランだ。

恋心を掻き立てたのは、某シェフの結婚式で中野シェフがつくった「フレジエ」を食べたとき、そのあまりのおいしさに感動したからでもある。特に奇をてらったつくりではなく、見た目はごく一般的な「フレジエ」でありながら、それまで食べてきたどの「フレジエ」よりも軽やかで、洗練されていた。

まず、クリームが実にエアリー。口腔にべたっと残るようなバターのくどさはなく、口にした瞬間、ふわっと溶けて消えるようなクリーミィさに思わず頬が緩んだ。
軽いだけではない。余韻がまた優しくエレガント。ピスタチオ風味でコクもあり、次のひと口へと自然にフォークが進む。生地にダコワーズを用いたセンスもさすが。香ばしさと食感の軽快さが加わっていた。そして何より、酒に頼らぬ風味の高さと甘味のキレの良さが印象的だったのだ。

中野慎太郎
中野慎太郎オーナーシェフは1978年生まれ。「タイユバン・ロブション(現Joel Robuchon)」「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」「NARISAWA」を経て、2013年に埼玉県志木市に「Shinfula」をオープンした。

これほど素敵なケーキをつくるパティシエの菓子をもっと食べてみたい――。
ケーキにこれほど感銘を受けたのは久しぶりのことだった。だが、店の場所は埼玉県志木市。
しかも、駅から歩けば20分はかかろうという立地である。おまけに、イートインスペースはないと聞き、つい二の足を踏んでいたのだ。
ところが最近、狭いながらもイートインスペースができた!との朗報を耳にした。
早速、初秋のある日、軽い旅気分で出かけることにした。

「Shinfula」のショーケースに目が奪われる。

ケーキ
季節のケーキをはじめ20種類以上の菓子がショーケースに並んでいる。

駅からタクシーで向かううち、辺りはすっかり住宅街。
商店街はおろか店らしきものはまったく見当たらない。「着きましたよ」と言われても、そこにパティスリーがあるとはすぐには思えなかった。が、車を降りると、目の前に建つ淡いグレーのトーンでまとめたモダンな建物が、目指す「Shinfula」であることは即座にわかった。
店全体のニュアンスが、なんとなくあの「NARISAWA」に似ていたからだ。

外観
住宅街の大通りから入った裏道にひっそりと佇む「Shinfula」。
外観
近所の住人はもちろん、駅から遥々歩いてきたであろう客も多い。

中へ入ると、何よりショーケースの華やかさに目を奪われた。真っ赤な苺を王冠の如くたっぷりと飾った苺のタルトや淡いモスグリーンのピスタチオケーキ、そしてエキゾチックイエローのパイナップルの菓子などなどまさに色とりどり。
こうしてショーケースに並ぶ幾つものケーキを見ていると、なぜか自然に笑みがこぼれ、ほのぼのと和やかな心持ちになってくる。ケーキひとつひとつのディテールに、どことなく優しさがあるのだ。

ケーキ
「Shinfula」のケーキは洗礼された印象の中に、優しさとキュートな雰囲気を感じさせる。

早速注文したシンプル極まりないロールケーキを口にして、思わず唸った。天使の柔肌を想わせるデリケートなスポンジ生地に甘さを控えたやわやわの生クリーム、それだけでもう充分美味ながら、その中心に僅かに加えたカスタードクリームがミソになっている。
ただ軽いだけではなく、食味全体に深みを与えているのだ。そう、見た目のあどけなさに反し、味の構成は緻密かつ精巧。確かな技術に裏打ちされた中野シェフの発想力は、まさにキレッキレだ。そんな彼のケーキを、じっくりと見ていくことにしよう。

ーー明日につづく。

店舗情報店舗情報

Shinfula
  • 【住所】埼玉県志木市幸町3-4-50
  • 【電話番号】048-485-9841
  • 【営業時間】11:00~19:00
  • 【定休日】月曜、不定休
  • 【アクセス】東武東上線「志木駅」より16分

文:森脇慶子 写真:馬場敬子

森脇 慶子

森脇 慶子 (ライター)

高校時代、ケーキ屋巡りとケーキづくりにハマってから食べ歩きが習慣となり、初代アンノン族に。大学卒業後、サンケイリビング新聞社で働き始めたものの、早々に辞めて、23歳でフリーとなり、食専門のライターとして今に至る。美味しいものには目がなく、中でも鮎、フカヒレ、蕎麦、スープをこよなく愛している。