いま、中華料理が面白くなっています。町中華が人気となり、繊細な味わいを表現する気鋭の料理人が登場し、あるいは中国の本物の郷土料理を出すマニアックな店が登場するなど、多彩な味が楽しめるようになっています。中でも注目の3軒を紹介する企画、3軒目は、上海料理をベースにダイナミックな美味しさ軽やかな味わいを楽しめる銀座の穴場店です。
高級クラブが居並ぶ東京・銀座7丁目。その一角、瀟洒なビルの9階に、上海料理「四季」はある。初めて足を踏み入れた者は、店内の喧騒と厨房の熱気に圧倒されるかもしれない。
なにしろ飛び交う言語は、客席もすべて中国語。映画のワンシーンに彷徨い込んだかのようだ。けれども臆することはない。こういう勢いのある店は必ず旨いものにありつける。大陸の風に胃袋を預けよう。
上海出身の店主・陸鳴さんは、使う野菜と鮮魚は基本的に日本産と決めている。毎朝、豊洲市場に出かけ、自分の目で見て仕入れる念の入れようだ。料理は上海の家庭料理を基調に、中国各地の修業先のホテルで体得した真正でダイナミックな調理技法を駆使する。
数ある料理の中でもスペシャリテは一日限定4本の“冰糖焼蹄膀(豚アイスバインの醤油煮込み)”。4時間半かけてじっくり火を入れ、箸で簡単に崩れる柔らかな食感に仕上げる。味つけは醤油と氷砂糖、水だけだ。店の雰囲気は本場さながらだが、食材重視の陸さんの料理はいずれも軽やかで、和食に通底する澄んだ味がする。「この煮汁は開店以来、注ぎ足しながら育てたもの。豚の脂の旨味とコラーゲンがたっぷり溶け込んでいますよ。見た目よりも味が濃くないのは、中国醤油ではなく、日本のたまり醤油とうす口醤油を使っているからです」。煮汁を味わい尽くすには、ご飯にのせ、豪快にかき混ぜて頬張るのがいい。
年中無休、深夜3時まで営業。誰かに連れてこられなければ絶対にたどり着くことができない魅惑のワンダーランドは、東洋一の社交街に潜んでいる。
文:中原一歩 写真:伊藤菜々子
*この記事の内容は2019年7月号に掲載したものです。