いま、中華料理が面白くなっています。町中華が人気となり、繊細な味わいを表現する気鋭の料理人が登場し、あるいは中国の本物の郷土料理を出すマニアックな店が登場するなど、多彩な味が楽しめるようになっています。中でも注目の3軒を紹介する企画、2軒目は、かつて味わったことがない中国大陸の辺境料理を“体験”できる個性店です。
非日常の空間で、初めての料理を口にするとき――。私にとって、未知の味との出会いは、ちょっとした冒険である。どんな味がするのか。なぜこんな料理が生まれたのか。そこにどんな物語が宿っているのかと好奇心がふつふつとわき起こってくる。
代々木上原にオープンして1年余りの「マツシマ」もまた、そんなロマンを私に与えてくれる店である。なにしろメニューが痛快なのだ。“苗族伝統 鯰の酸湯魚 発酵トマトの土鍋煮込み”や“広西チワン族自治区 南寧風 鴨肉のレモン炒め”“新疆ウイグル自治区 羊ご はん ポロ”などなど。初めてならば、見慣れぬ奇妙な料理名に腰が引けてしまうかもしれない。でも大丈夫。ここは日本。そして、 厨房に立つ主人の松島由隆さんもれっきとした日本人である。
ゆえにどの料理も現地の味の根っこはしっかりと摑みつつ、日本人の舌に合うよう実に絶妙なバランスで仕上げられている。それも、中国料理の基礎がきっちりとあればこそ。今は、中国少数民族や地方の料理に深く共鳴している主人だが、料理人としての第一歩は、あの広東料理の名門「福臨門酒家 大阪店」と聞けば、合点がいく。
たとえば鴨の一皿。彼の地では、丸ごと一羽分の鴨を骨付きのまま内臓ともどもざっくりと炒め煮にするそうだが、松島さんは、食べやすいよう骨と内臓は外して調理。しかも、硬いもも肉は20~30分煮込む一方で、火が入りすぎるとパサつく胸肉はさっと炒めるのみ。部位に応じて火入れを変える細やかさは、まさに日本人ならではだ。緻密な技でつくられた料理は、おそらく現地をしのぐだろう。
発酵唐辛子や酢漬けレモンが醸し出す酸っぱ辛い旨味は、初体験なのに、不思議と懐かしさがこみ上げてくる。“発酵食品”という共通項から導き出される舌の記憶かもしれない。「僕も、貴州省で初めて現地の料理を食べたとき、全く知らない料理なのになぜか舌にフィットすることに感動しましたね。日本にありそうでない味、素材の組み合わせがたくさんあるんです」と目を輝かせる松島さん。
そう、この店には、松島さんが現地で見て食べて感動した料理と、ワクワクした気持ちがあふれている。その物語を共有するには少しだけ想像力を働かせてみるといい。広西チワン族自治区ってどの辺り?新疆ウイグル自治区はモンゴルの近く?メニューを眺めるうち、中国大陸の食と歴史を旅する気分になってくるはずだ。
文:森脇慶子 写真:西田香織
*この記事の内容は2017年9月号に掲載したものです。