中華料理が面白くなっています。町中華が人気となり、繊細な味わいを表現する気鋭の料理人が注目を集め、あるいは中国の本物の郷土料理を出すマニアックな店が登場するなど、多彩な味が楽しめるようになっています。中でも注目の3軒をご紹介します。1軒目は、中国料理の固定観念を覆す、洗練された味わいが楽しめる極上店です。
圧倒的火力と濃厚な合わせ調味料でねじ伏せる、それこそが、中華の唯一無二の醍醐味。そう思っていた。この店に出逢うまでは。「ミモザ」は、僕が中華に抱いていた固定観念を、ものの見事に次から次へと覆してくれた。まるでフレンチのような店名。扉を開けると、そこに広がる、ミニマルかつ高級感漂う空間は、オープンキッチンでありながら、派手な調理音とも、油臭とも無縁。そして、肝心の料理もサプライズの連続だ。
たとえばこの日の前菜は、薫りのマネジメントに唸る三品。茎レタスとも呼ばれるチシャトウ、クラゲ、中国湯葉に、それぞれ、葱油、木姜油(レモングラスの薫りがするオイル)、五香粉をまとわせ、奥行きと広がりをもたらしてみせた。
また、大根パイと名付けられたそれは、一見ロシアのピロシキ。点心の定番、大根餅のようなものかしらと、恐る恐る前歯を突き立てる。すると、存外に軽い生地の中から、嬉しい誤算が。シャキシャキ感とクッタリ感を持ち合わせたかつてない食感。なるほど、白髪大根か。金華ハムの旨味をたっぷりと吸わせつつ、熱過ぎない程よい温度に仕上げ、甘みも存分に引き出している。何より驚いたのは後味の良さ。大根の水気が油分を全て受け止め、口の中はパイを食べた後とは思えぬほどさっぱり。美味である以上に、構成の妙を感じずにはいられない、そんな一品だ。
素晴らしい料理人を数多輩出してきた、名店「シェフス」の出身、という育ちの良さを、随所に感じさせつつも、古巣とはまるで異なるアプローチで、いきなり新境地を拓いた南シェフ。「よくぞこんな独創的な料理を」と称えたら、意外な言葉が返って来た。「あるんです。元々、こういう料理が」。いわく、ベースは老上海とも呼ばれる、上海の伝統的な家庭料理。くだんの大根パイも、上海では、おやつとしてよく食べられているものだという。中国料理というものは、元来シンプルで理に適っている。それをいたずらに崩すことなく、シェフならではの遊び心を加えたのが、モダンとクラシックを縦断し、見た目も味も、そして余韻すらも美しい、中国料理の新機軸、この店でしか味わえない「ミモザ料理」というわけだ。
店のどの席からも見える厨房で、素材を慈しむかのように、丁寧に丁寧に火を入れる、シェフの大きな背中。なぜ「ミモザ」へ足を運ぶのか。答えはすべて、そこにある。
文:塩沢航 写真:岡本寿
*この記事の内容は2017年9月号に掲載したものです。