くるみ割りを、もう一杯。
親戚だってこんなに仲良く乾杯しないだろう。

親戚だってこんなに仲良く乾杯しないだろう。

普段はほとんど足を踏み入れない野毛で飲んでる森下くるみさん。完全アウェーと思いきや、なぜか「ホッピー仙人」はホーム以上にホーム。ゆるみます。ついつい杯を重ねます。未経験だった新たなホッピーの扉も開いて、ハッピーな夜に何度でも乾杯したくなるのです。

ホッピーの可能性が縦にも横にも無限に伸びていく。

19時半を過ぎた時点で満席&立ち飲み数名で店内は混み始めていたが、「一杯だけ」と滞在時間10分で次の店へ旅立つ中年男性や、すでにはしごしてきた女性の酔っ払い客ふたり、サラリーマン3人組など、どんどん入れ変わっていく。

ホッピー

カウンター席奥の客人がトイレへ立った瞬間、仙人が皆に声をかける場面があった。
「お仲間さん、通してあげて~♪」
ほかのお客たちはそれとなく半歩身を引き、「お仲間さん」を出入り口へと通す。このひと声があるだけで、どんなに混み合った店内でも出入りの際に恐縮しないで済むというわけだ。

しばらくして、仙人は立ち飲みの男性客3人にサーバーホッピーを手渡し、すかさず「はい、かんぱーい」と音頭をとった。仙人の杯(中はお茶)を軸に、各所からジョッキが集まる。ごく自然と乾杯の輪に入る私と金子山さん。何でも、新規のお客が入店したときに行う挨拶のようなものらしい。すごい。親戚だってこんなに仲良く乾杯しないだろう。酔客の表情があまりに気持ち良さそうで、妖精か幻か、もしかしてあの世に来たのと思うほどだった。

店主

そういえば、飲んでいる途中で酒屋の人が配達にやって来て、「釣銭、渡してもらえるかな??そこの席の人はいつもこれ頼まれちゃうんだよ」と、仙人は入口脇の席にいる私にずっしり重い小銭袋を渡した。私は何も考えず「はーい」と業務をこなす。仙人はずいぶんとラフな振る舞いだが、これでも十分に緊張感は保たれている。

色紙

私のジョッキの中身が残り3分の1になったところで、仙人が言った。
「味変します?」
「アジヘン!?はい」
反射的に返事をすると、仙人は小さなスプレーボトルを取り出し、ジョッキの中にシュッシュッと振りかけた。
スピリタスにレモンを漬け込んてつくった液体だそうだ。白ホッピーは一瞬にして柑橘系の芳香をまとい、レモンサワー風の素敵な飲み物となった。アルコール度数96度の影響でガッと酔いが回るとか、後から気持ち悪くなるとかは一切ない。ホッピーの可能性が縦にも横にも無限に伸びていく。サーバーホッピーの黒にも味変が起こるが……何のフレーバーかは飲みに来た方だけの楽しみとしておきたい。

顔

調子よく杯を重ねていた写真家の金子山さんが今度は青りんごホッピーを注文した。どういう物かというと、サーバーホッピーでつくるハーフ&ハーフだ。全4種。白い泡の下に、ライムグリーンと金色のグラデーションが大気圏のようで眩しい。味見をさせてもらうと、なるほど、カクテルホッピーだ。いや、カクテルよりも格段に飲みやすいのだが。巷で飲むレモンサワーや生グレサワーよりも素直な飲み口で、ああ、おいしい。
このホッピーは白いプレートでできたオリジナルロゴ入りコースターと共に提供される。ジョッキを写真に撮る時に、ジョッキの背になるこの白い板がレフ板として活躍するという。仙人の大発明である。

ホッピー

毎日自宅でホッピーを飲んでいるのに、私は多分ナメていた。大きめのグラスに氷を4つ5つと20度前後の焼酎を入れホッピーで割る、それしか飲み方を知らなかったし、ビールでもサワーでもない雑酒ということでいいやと思っていた。でも考えが浅かった。

ここでリラックスしてサーバーホッピーを飲む。泡もホッピーも澄んでいて、おいしい。「幸せはささやかなるが極上」と小沢昭一さんは言った。それが、この世でお酒を飲むことのすべてだと思う。私はまた機会をつくって「ホッピー仙人」へ飲みにいかねばならない。

商店街

――つづく。

店舗情報店舗情報

ホッピー仙人
  • 【住所】神奈川県横浜市中区宮川町1‐1‐214 都橋商店街2階
  • 【電話番号】045‐242‐1731
  • 【営業時間】19:00~22:00
  • 【定休日】日曜、祝日
  • 【アクセス】JR「桜木町駅」、京浜急行「日ノ町駅」より5分

文:森下くるみ 写真:金子山

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森下 くるみ(文筆家)

1980年、秋田県秋田市生まれ。2008年、小説現代2月号に短編小説『硫化水銀』を発表。著作に『すべては「裸になる」から始まって』(講談社文庫)、『らふ』(青志社)、『36 書く女×撮る男』(ポンプラボ)、『虫食いの家』(kindle singles)。ポエジィとアートを連絡する叢書『未明』に「食べびと。」を連載中。映画、旅、飲食についてのコラム多数。