森下くるみさんの連載のシーズン2。舞台は夏の野毛。気になっていた「ホッピー仙人」の扉を開きます。サーバーから注がれるホッピーと仙人のツープラトンに、わくわく&どきどき。さぁ、ホッピーで始まり、ホッピーで更ける夜が始まりますよ。
「横浜の野毛にね、『ホッピー仙人』というお店があるんですよ。ぜひ行ってみてください」
おすすめしてくれたのは、キンミヤ焼酎の蔵元である「宮崎本店」の東京支店長で取締役の伊藤盛男さんである。
2019年7月、都内某所で行われたイベントで、共にトークゲストとしてキンミヤ焼酎とホッピーについて30分ほど語ったときのこと。私はただのキンミヤ焼酎ファン、伊藤さんは販売者として経営理念などを開陳してくださった。中でも、キンミヤ焼酎がコンビニエンスストアの棚やチェーン居酒屋のメニューにない理由(あまり大っぴらには書けないが)に、私はついつい大笑い。伊藤さんは「売れるからって、どこにでも卸すわけではないのですよ」と言い切り、はっとさせられた。それは商売人でありながらも、ひとりのお酒愛好家としての美学、哲学だった。
伊藤さんは美味しいお酒を求めて飲み歩くのが大好きらしく、特に野毛にある「ホッピー仙人」がお気に入りだと言う。「野毛は都内からだと少し時間がかかるなあ……」と一瞬考え込んだが、これは行かねばなるまい。
さて1ヶ月後。
まずは横浜駅へ出向く。そこから京浜東北根岸線に乗り換え、ひとつ先の桜木町駅で下車。改札を出て急ぎ目に歩けば10分はかからない。右にも左にも飲み屋に次ぐ飲み屋の野毛の町を眺めながら、都橋の交差点へ至ると、大岡川沿いに突如として2階建の建物が現れる。「都橋商店街」だ。
1階は庇テントがずらりと並び、2階には赤や黄色や白の看板がにょきにょき生え、何十もの小さな店がゆるいカーブを描きながらずっと向こうまで連なっている。
「ホッピー仙人」の看板を見つけ、カンカンカンと階段を駆け上る。どこかの店からカラオケの音が漏れ聞こえる中での、看板越しの夜の大岡川と街明かりが極上だ。
「ホッピー仙人」の開店時間は19時である。15分ほど過ぎて入店するとすでに満席に近く、先に到着していた写真家の金子山さんが「僕が先に来てなかったら座れませんでしたよー!」と言う。「すいませぇん」と汗を拭きつつ、入口のすぐ近くに着席。チップスやひと口せんべいなど、おつまみがカウンターにぐるりと並べられている。3坪ばかりの店で、8~9人座ればいっぱいだ。
着席が優先されるのはまず女性、次に女性連れの男性、そして男性。座れなければ立ち飲み。
パッと扉を開けたとき、この規模のお店にスーツ姿の男性客がぎゅっと詰まっていたら、女性はさすがに怯んでしまうだろう。だから女性客には配慮する必要があるんです、と「仙人」は説く。もちろん、中へ入れば女性だけでなく男性客も常連も新規もみな公平に接客される。
仙人はニコニコと、白か黒のサーバーホッピーをすすめてくれた。“生ホッピー”とは呼ばない。一貫して“サーバーホッピー”である。
「サーバーホッピー・白」を注文した。中はキンミヤ焼酎の20度と25度が巨大なガラスの瓶で融合したオリジナルだそう。
仙人はジョッキを傾け、慎重にレバーを操っている。
「上から覗いてくださいね」と提供されたホッピージョッキをぐっと覗き込むと……あらっ。きめ細かな泡に浮かんでいたのは女性客への特別メッセージだ。
サーバーホッピーの白は雑味を感じないまろやかさで、上品だった。安易におすすめできないと思っていたホッピーの印象が一変し、不思議な心地で飲み進める。ホッピーってこんなにおいしかったっけな……。
――つづく。
文:森下くるみ 写真:金子山