青春18きっぷで東京から三重県松阪市まで帰省する石原壮一郎さん。本業はコラムニストですが、伊勢うどん大使を務める麺ラヴァーの顔も併せ持っています。名古屋駅の乗り換え時間で、立ち食いきしめん屋の噂を確かめたいそうですよ。
「きしめんは、どうして平べったいんでしょうね?」
よくぞ聞いてくれました、フレッシュ系若手編集者のカワノ君。伊勢うどん大使にしてうどん類にはちょっとうるさい私が説明しましょう。
名古屋の人は倹約家だから、ゆで時間が短くて燃料が節約できる平打ち麺が好まれたという説があります。
でも、だったら素麺や冷や麦を食べればいいわけで、たぶん誰かが名古屋人を揶揄するためにこじつけて、それが広まったのではないかと。
「えっ、僕はそう聞いて、さすが名古屋だなあと思っていました」
おにぎり大好き写真家で大阪府出身のサカモトさんによる、話の流れに絶妙の緩急をつける見事な合いの手。実は、名古屋人が好きな濃い目の味付けのだしがよく絡むように、平たい麺になったという説が今では有力です。
「へー、なるほど」
感心してもらえると、いい気分ですね。できれば、そこは「へー、へー、へー」と言いながら、ボタンを押す動作をしてほしかった(懐かしい)。
ま、食べ物の由来やルーツの話は、どの説が本当かなんて結局のところよくわからないので、話半分に聞いてください。実際は「たまたま流行ったから」ぐらいかもしれません。
豊橋駅で14時20分発の新快速大垣行きに乗って、そんなあやふやな話をしながら名古屋駅に向かう私たち青春3人組。目指すは名古屋駅構内の立ち食いきしめん。しかも、店内で天ぷらを揚げているという噂の在来線ホームのお店です。
あ、忘れてました。熱海駅で買った「こがしまんじゅう」(3個入り)を食べて勢いを付けましょう。仲良くひとりひとつずつです。こがし麦がいい香りで、餡も上品な甘さ。こう言っては何ですが、駅の売店で適当に買ったおまんじゅうに対する期待値を大きく超えるおいしさでした。
半端な経験を元にした先入観に縛られていないで、物事は素直に受け止めなければいけませんね。青春時代のように。
15時12分に名古屋駅に到着。詳しいいきさつは次回ご説明しますが、別ルートの列車と比較検討した結果「やっぱりこっちに乗ろう!」と決断したのは、15時37分発の快速みえ15号。25分あれば、きしめんを十分に味わえます。
列車が到着したのは6番ホーム。このホームにも右のホームにも左のホームにもそのまた向こうのホームにも、それぞれ立ち食いのお店があります。ひとつのホームに1店だけじゃなくて、両端にそれぞれお店があるホームも。新幹線ホームもひとつのホームに2店舗があります。
さすが名古屋駅、駅全体にきしめん愛があふれまくっていて、これでもかと念入りにきしめんを推してきます。ホームの端にある「住よし」に向かうカワノ君。
「ちょっと待って。隣りの3、4番ホームのお店で食べましょう!」
「ここにもあるのに、どうしてですか?」
「何となくです。降りたホームで食べるのは安易な気がして」
「は、はい」
青春を追い求めている私たちとしては、与えられた現状に満足しているわけにはいきません。時間の制約に立ち向かいつつ、階段を無駄に上り下りしつつ、別の道を探ってみようではありませんか。看板のデザインは違いますが、どうやら同じ「住よし」だし、ただの空回りに終わるかもしれませんが、それもまた青春です。
ちょっと息を切らせつつ、3、4番ホームの「名代きしめん 住よし」に到着。おお、入り口のガラスに「当店の天ぷらは揚げたてを提供させていただいております」の貼り紙が誇らしげに!お店で天ぷらを揚げているという噂は本当でした。
この期に及んで、天ぷら入り以外のメニューを食べる選択はあり得ません。券売機で「かき揚げ(玉子入り)きしめん・そば」570円を購入。そして、この期に及んで、きしめんではなくそばを食べる選択はあり得ません!
あり得ない選択をすることで、青春の独りよがりなこだわりや青春の未熟な自己主張を表現できそうな気もしますが、今はそんなコッ恥ずかしい青臭さより、きしめんと揚げたて天ぷらが大事です。カウンターの中のベテラン美女に、力強く「きしめんで!」と宣言。
「はい、お待ちどうさま」の声とともに、きしめん登場。
かき揚げの上でヒラヒラと優雅に踊る花かつお。まるでチアガールが持つポンポンのように、きしめんに出合えた喜びやおいしさへの期待を盛り上げてくれます。しかも香り付き。
まずはきしめんを2、3本。このシコシコした、それでいて歯ごたえがあり過ぎない食感は、平べったいきしめんの真骨頂ですね。スープもひと口。薄味っぽく見えますが、ダシと醤油の旨味がギュッと濃縮されています。きしめんは、東海地方でおなじみの旨味が強い「たまり醤油」を使うお店が多いと聞きました。
「住よし」がどうなのかは知りませんが、食べているきしめんはこんなにおいしいんですから、どっちだろうとたいした問題ではありません。そもそも、普通に客として入った立ち食いのお店で「こちらのお店は『たまり醤油』ですか?」なんて通ぶって尋ねるのは、人としてかなり恥ずかしい所業です。いくら青春旅と言えども。
藤沢駅で立ち食いうどんを食べたときも、卵を崩すタイミングで悩みました。今回も同じ悩みはあるのですが、さらにもうひとつ重大な悩みが。
「かき揚げをどのタイミングで、どのぐらい深くだしに沈めるか」
せっかくの揚げたてですから、まずはなるべくだしに浸かっていない状態を楽しんでみましょう。4分の1ぐらいを箸で持ち上げて、ガブリ。うん、だしから出ていた部分はサクサク、浸かっていた部分はしっとり。玉ねぎと海老、それぞれの甘味が口の中で混ざり合います。全体がだしに浸かって衣がほぐれてからも、揚げたてとしての誇りの気配を感じつつ、おいしくいただきました。
うどんをゆでてくれたベテラン美女に聞くと、在来線ホームのお店は全部店内で天ぷらを揚げているそうです。使っている麺やスープは、新幹線ホームのお店も含めてどこも同じだとか。
違いがないところにあえて違いを探して、「自分はこのホームのきしめんがいちばん好き!」というお気に入りを見つけるのも一興です。そんな面倒臭いことは言わずに「どこだって同じようにおいしい」と鷹揚に構えるのも、また楽し。いつも心をきしめんのように平らに保って、いろんな人やモノや出来事とからみ合っていきたいものです。
ちょっといいこと言ったような気になりつつ、15時37分発の快速みえ15号に乗るために12番線ホームへ。名古屋駅から松阪駅を安く早く結んでいる「快速みえ」は、それこそ青春時代から数え切れないほど乗っています。いよいよ目的地の三重県が近づいてきました。
――追憶の第八回につづく。
文:石原壮一郎 写真:阪本勇