七回洗えば鯛の味――広島県民のソウルフードである小イワシは、地元ではそう言われている。小イワシの別名は、カタクチイワシ。広島県以外では「いりこ」の姿で親しまれている魚は、広島では活魚として食されている。果たして、小イワシは本当に鯛の味になるのだろうか。刺身から押し寿司まで、小イワシを堪能してわかったこととは。
夏に広島の街を歩いていると、いたるところで「小イワシ」を見かける。
魚屋やスーパー、もちろん、飲食店でも。お造りにして生姜醤油につけて食べるもよし、天ぷらや南蛮揚げにしてもよし、食し方はさまざまだ。
ただし、活魚の小イワシを味わえるのは広島県内だけ。足が早くいたみやすいので、お隣の山口県にさえ流通されてないという。
広島県外の人がまったく小イワシを見ないわけではない。小イワシとは、カタクチイワシのこと。小イワシは、煮干しとなって全国に流通しているのである。
“県外不出”とも言える活魚の小イワシは、飲食店においては優先して下処理がされるほど、鮮度が命。
「鮨広島 あじろや」店主の黒郷修さんに聞くと、朝9時に小イワシが届くや否や、塩と氷でキンキンに冷やした水の中に投入するという。死後硬直でピンと身がはってきたところを狙って、新鮮なうちにさばいてしまうそうだ。
黒郷さん曰く「小イワシをさばくときは、包丁は使いません」。
段ボールの梱包などに使うPPバンドが威力を発揮するという。PPバンドバンドを使って、ピッと一息に骨から身を剥がす。10cmにも満たない小イワシは小さすぎて包丁ではさばけないので、PPバンドが大活躍するというわけだ。人によっては、スプーンを使ったりするそうだ。
小イワシには「七回洗えば鯛の味になる」という言い伝えがある。
鯛は、魚の王様ですよ。黒郷さん、本当ですか?
「鯛の味がするかどうかは人によって感じ方が違うでしょうね(笑)。でも、たくさん洗うことは重要。小イワシの内臓は臭みが強いし、鱗が硬くて食べにくいから、しっかり水洗いして流すんです」
黒郷さんに、小イワシの仕込みを見せてもらった。黒郷さんが小イワシを洗った回数は6回。果たして、キレイになった小イワシは鯛の味がするのか?
実食、おいしい!
澄んだ上品な味わいで、脂の旨味もある。鯛というよりは、やっぱり、イワシだ。鯛の味というよりは、鯛にも負けないおいしさ、というのがぴったりかな。
黒郷さんは生まれも育ちも広島県。子どもの頃の思い出を語ってくれた。
「僕の実家では、小イワシの切り身をねぎ、生姜、みょうが、醤油と和えて、あつあつのごはんにのっけて食べていましたね。これが、おいしいんですよ。食卓に小イワシが出てくると、あぁ夏が来たなぁ、って感じるんです。僕にとっての夏の風物詩は、小イワシか、そうめん」
お次は、握りで。
一貫に使う小イワシは、切り身6枚(約3匹分)。シャリの上に器用に重ね合わせる。シャリの間には小口切りにした万能ねぎを挟み、切り身の上には生姜をのせる。生姜は、夏に出回る新生姜だ。普通の生姜に比べて辛味が少ない。さっぱりとした味わいの小イワシによく合うのだ。
「新しい広島名物になればいいナ」と言いながら、黒郷さんがつくってくれたのが、「小いわしのレモン〆押し寿司」。使われているのは、小イワシ、広島菜の漬物の安藝紫、広島レモン。広島の特産品をぎゅっと詰め込んだ押し寿司だ。
ひと口食べると、まずはレモンの風味にびっくり。それもそのはず、輪切りのレモンを乗せ、さらに、小イワシを酢の代わりにレモン汁で〆ているのだ。レモンの酸っぱさに口が慣れてくると、次に感じるのが、安藝紫のぽりぽりとした食感。もちろん、小イワシの旨味もある。噛むほどにさまざまな食材の味が顔を出してくるのだ。
「時間が経つと、いちばん上に乗っている白板昆布が小イワシを〆て、レモンを柔らかくするので、さらに一体感が出てきます」
小イワシが出回るのは、6月半ばから8月にかけて。夏に広島に行ったのなら、まずは小イワシを食べないと。
文:吉田彩乃 写真:宮前祥子