広島で小イワシを食べたい!
広島の小イワシ漁はスピード勝負!

広島の小イワシ漁はスピード勝負!

6月も半ばになると、広島で一斉に始まる小イワシ漁。夏の風物詩である。「七回洗えば鯛の味」。広島では、そう評される小イワシ。実は食している地域のほとんどが広島県内なのだ。もしかして、あまりの美味に県外へと出すことをためらっているのかな。そんな訝しさを感じながら、真夜中の小イワシ漁船に乗り込んだ。

小イワシは生で食べる=鮮度が命。

広島の夏に、小イワシは欠かせない。
広島ではカタクチイワシのことを小イワシと呼び、愛し、食してきた。カタクチイワシと聞くと、煮干しやちりめんが思い起こされるが、広島では主に刺身で食べるという。

小イワシ
小イワシの全長は、大きいものでも10cm程度。兎にも角にも、小イワシは鮮度!

広島で小イワシ漁が行われるのは、6月から8月の約2ヶ月間。それなのに、漁獲量は県内の魚類の中で最多!なんと全体の約70%を占めるという。
広島県民のソウルフードと言われるほどのメジャーな小イワシであるが、県外に出ると途端にマイナーな魚へと転じてしまう。そもそも、目にする機会がほとんどない。
なぜなら、足が早いので、遠くまで運べないのだ。

いわし船びき網
小イワシはいわし船びき網での漁となる。地元ではパッチ網漁と呼ばれたりもする。網の形状が男性の下着のパッチに似ていることからの名称。

足が早いということは、鮮度が重要な意味をもつ。どれくらい鮮度が重視されているのかというと、漁船が猛スピードで港に小イワシを届けた瞬間、息つく間もなく競りが始まり、瞬く間に出荷されていくほど。
ちなみに、小イワシは朝の5時前に水揚げできれば高値がつき、5時を過ぎたら通常の価格、5時半を過ぎれば過ぎるほどに、どんどん値が落ちていくという。鮮度が、小イワシの価値を決めると言っても過言ではないのだ。

市場
水揚げされてから競りまでは、あっという間。そのまますぐに出荷。小イワシは30分と市場にいなかった。

小イワシ漁船に乗って、わかったこととは。

小イワシの運搬船。20代と思しき若手漁師たちと一緒に乗り込んで、いざ海原へ。
小イワシの運搬船。20代と思しき若手漁師たちと一緒に乗り込んで、いざ海原へ。

小イワシがどのように釣り上げられ、いかにして水揚げされるのか。一部始終をこの目で確かめるため、漁船に乗り込んだ。広島市内から車で1時間ほどの小方港から、この日の船は出航するという。

船が出るのは、なんと深夜2時半。船の主は「大井水産」の大井篤さんだ。宮島を後ろに見ながら、船は真っ暗な海上を魚群探知機を使いながらぐんぐんと進んでいった。

魚群探知機
小さな船室には魚群探知機が鎮座していて、ほかの船と密に連絡を取りながら、小イワシの群れへと向かう。

小イワシ漁は4艘の船で行われる。2艘の船を使って、網で小イワシを捕らえ、1艘の運搬船に出来る限りの小イワシを積み込んだら、競りが行われる広島市中央卸売市場を目指して猛スピードで走り出す。残りの小イワシは、もう1艘の運搬船に積み込み、こちらも急いで漁港へと向かう。

この日、大井さんが運転していた船は先発便だった。網を張った2艘の船と沖で落ち合うと、いよいよ小イワシの漁獲が始まった。

船
魚群探知機であたりをつけて、2艘の船が網を張り、小イワシの群れを一網打尽。そこに、運搬船が近づいていく。
大井さん
運搬船の水槽に水をはり、小イワシを積み込む準備をする大井篤さん。水槽には氷がたくさん入っていた。

2艘の船の上で、一刻を争うように10人を超える漁師たちが網を引いていく。大井さんが運転する運搬船が接近すると、網は素早く運搬船に傾けられ、ものすごい勢いで水槽に小イワシを流し込んでいく。網には鯛もかかっていれば、鱧の姿もあるけれど、そこに注目する漁師はひとりもいなかった。

誰かが掛け声をあげているわけでもないのに、漁師たちの動きは息ぴったり。綱を引く手の動かし方、隣の船に移動する足の動き。何もかもが揃っている。

漁師
漁師
漁師
船
漁師
漁師
漁師
イワシ

運搬船の水槽が小イワシで満たされると、蓋を閉めるよりも早く、大井さんは船を出発させる。
港を目指して急旋回する船の上で、若い漁師が足を踏ん張りながら、水槽をかき回している。小イワシの鮮度を保つため、小イワシと氷をしっかりと混ぜて、水槽の中をキンキンに冷やすのだ。
その間も、船は漁師を振り落としてしまいそうなほどの勢いでどんどん進んでいった。

船
漁を終えた船は、猛スピードで港を目指す。船内は海水が入り込んでも、お構いなし。
若手漁師
船頭に座り、水槽を見守る若手漁師。船が傾くほどスピードが上がっていても、動じない。

ーーつづく。

文:吉田彩乃 写真:宮前祥子

吉田 彩乃

吉田 彩乃 (ライター)

1986年、東京都生まれ。2015年よりフリーランスのライターとして活動し、食関連の記事のほか、ビジネス、経済、カルチャーなど幅広いジャンルで執筆。好きなものは珈琲とナチュラルワインと、ワインのつまみになるパン。