さすがに毎日は無理だけど、週1回ならがんばれるかな(仮)
港の国から'91夏。

港の国から'91夏。

もうすぐ、夏の甲子園が始まります。残念ながら、母校は出場が叶いませんでした。まわりは来年に思いを馳せるけれど、高校3年の夏は一度だけ。最初で最後の夏なんですよね。悔いのない夏であってほしいと願うばかりです。そして49歳の夏も一度きり。2019年の夏が、いい夏になりますように。

小さな漁師町で、小さなスナックに入ったんです。
先客が3人。僕らも3人。ママさんは1人。それなりに大柄な大人が7人も入ると、店内は満員御礼。むんむんします。袖振り合うも多生の縁と、カウンター席にずらっと並んだ男6人、ときどきママさんで話が始まったんですね。
「どっから?」
「東京からです」
「うちの娘も、東京」
「仕事ですか?」
「そう。看護婦やってる」
なんてやり取りがあって、先客のみなさんの職業が漁師だと知り(見た目で見当はついていたんですけどね)、娘さんが東京にいると話していた漁師さんはゴローさんと呼ばれていて(どことなく田中邦衛風情でもありました)、気がつけば僕らもゴローさんと呼んでいて(人懐こい人ばかりだったなぁ)、なんだか楽しい夜になってきたんですよね。

「ゴローさん、歌ってよ」
ママさんが、ゴローさんにねだります。
「ゴローさん、ものすごく歌が上手いの」
それならばと、僕らも「お願いしますよ」と、急き立てます。
「ママ、いつもの」。そう言って、ゴローさんがすくっと立ち上がり、嬉しそうにママさんが曲の準備をして、流れ出したイントロとモニターに映し出された曲名に、僕らはびっくり。

「LADY NAVIGATION」。B’zの歌ですよ。さらに、歌い出したゴローさんに、うっとり。もうね、本当に上手いの。

歌い終わったゴローさんに、僕らは鳴り止まない拍手とこれ以上ないほどの賛辞を送ります。
「新しい曲、知ってるんですねぇ」
「うちの娘が高校生のときだからなぁ。ずいぶん前の歌だよ、これ」
調べてみると「LADY NAVIGATION」が世に出たのは1991年。ほんとだ。ずいぶん前なのね。
「B’zがお好きなんですか」
「いいや、見たこともない」

ゴローさんが教えてくれたのは、1991年の夏の話。
漁を終えて家に帰ってくると、夏休み中だった高校生の娘さんは2階の部屋で「LADY NAVIGATION」を大音量で流し続ける毎日。いつの間にか、ゴローさんの身体にメロディは染み込み、漁の最中も頭の中は「LADY NAVIGATION」。
実はゴローさん、町でも評判の歌うたい。メロディをふんふんふんふんとママさんに伝えたら、曲名を教えてくれた。カラオケで歌ったら、完璧。B’zのことはなんにも知らないんだけどね。

「娘さんの前で歌ったことあります?」
「ないない。みっともなくて、歌えねぇ」

そう言って、照れくさそうに笑うゴローさんは、氷で薄くなった僕の水割りグラスに、さらに氷を足してくれたんです。

dancyu web編集長 江部拓弥
写真:伊藤信