山の音
いまなお矍鑠として。
大森さんの写真 大森さんの写真

いまなお矍鑠として。

写真家の仕事は写真を撮ること。作品であったり、仕事であったり、撮影の現場はさまざま。対象も人、物、風景など、多岐にわたる。人であれば、年齢、国籍、性別、有名無名を問わず、シャッターを切る。数え切れないほどの被写体に向かってきた中で、ときおり想い出す人がいる。

ただその一瞬に他人と向き合うだけっていうのは悪くない

大森さんの写真

仕事で撮影を依頼されて現場に出向く。
いろんな場所に行くけれど、撮影する対象、被写体、あるいはクライアントがボクのことをよく知っていて、以前ボクがやった仕事を見てくれていて、ある種の期待や尊敬のようなものと共に現場で接してくれる。そういう場合は仕事がやりやすい。自分もリラックスしやすいし、前向きなアイデアも出る。
しかし、当たり前だけれど、いつもそういう状況であるとは限らない。直接、仕事を依頼してくれた人以外には誰もボクのことを知らなくて、まあ、業者が来た、というくらいの感じで応対されて、そういう場合は撮影時間や場所の選定などもかなり厳しい条件のときが多い。いわゆるアウェイ、というやつですね。

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そういう状況が嫌いかというと案外そうでもない。誰も自分に対して気を遣っていない、というのは考え方によっては、かなりお気楽なわけで開き直れるし、その場で自分の要望を短時間で知らない人に対して丁寧にハッキリと言う、という修行のようでもある。徒手空拳で、いままでの実績がどうのこうのでもなく、ただその一瞬に他人と向き合うだけっていうのは悪くない。

『ミリオンダラー・ベイビー』のポスターを裏返しにして

そして、ひょっとして撮影にとって一番大切かも知れない、運を信じる、ということを思い出したりもする。
たとえば、2005年にクリント・イーストウッドを撮ったときは、なかなかのアウェイ状態で楽しかったなあ。撮影場所が六本木のグランドハイアット東京という高級ホテルである、と言うことだけは知らされていたのだが、当日までどんな部屋かということはわからず、現場に案内されてみると大きな会議室のような場所で、単独取材かと思いきや、複数のメディア、たしか10社くらいのフォトグラファーがその部屋の中でそれぞれに場所を陣取って、それぞれの場所をイーストウッド氏が各3分づつ、ぐらいの感じで廻っていく、というスタイルの撮影。

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バックドロップ(背景の布)を持ちこんで、凄い台数のストロボでライティングをつくって待機しているフォトグラファーばかりの中で、ボクは右から自然光の差す窓際に陣取って、配給会社の用意したB1サイズのパネル貼りの『ミリオンダラー・ベイビー』のポスターを裏返しにして、それを背景としてアシスタントの大城くんに持ってもらって撮ることに決めた。
ひとりの老人が部屋の入口に姿を現したが、まったくオーラがない。お付きの人がいなければ、なんというか、ベテランのタクシー運転手さんといった風情である。
確か3番目くらいの順番で、隣の撮影が終わったらすぐにボクの前にやって来て、窓際に佇むイーストウッド氏。こういうときは挨拶もお世辞も邪魔である。部屋の人工光をすべて消してもらうように係の人に頼み、キャノンEOS1NにズミクロンRの50mm、絞りは開放のf2で、シャッタースピードは3分の1段オーバーにセットした絞り込み測光のオート。たぶん125分の1秒。フィルムはKODAK PORTRA 160 NC。レンズのど真ん中ではなく、上の端を見つめてくれるようにいうと、ほんの一瞬、0.5秒くらいかな、ファインダーの中でクリント・イーストウッドと目が合う。凄いオーラである。1分も満たずに撮影は終了する。
『硫黄島からの手紙』のロケハンとオーディションで来日していたイーストウッド。当時、既に70歳台後半だったが、現在89歳でまだ映画をつくり続けている。とんでもないじじいである。

大森さんの写真

――明日につづく。

文・写真:大森克己

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大森 克己(写真家)

1963年、兵庫県神戸市生まれ。1994年『GOOD TRIPS,BAD TRIPS』で第3回写真新世紀優秀賞を受賞。近年は個展「sounds and things」(MEM/2014)、「when the memory leaves you」(MEM/2015)。「山の音」(テラススクエア/2018)を開催。東京都写真美術館「路上から世界を変えていく」(2013)、チューリッヒのMuseum Rietberg『GARDENS OF THE WORLD 』(2016)などのグループ展に参加。主な作品集に『サルサ・ガムテープ』(リトルモア)、『サナヨラ』(愛育社)、『すべては初めて起こる』(マッチアンドカンパニー)など。YUKI『まばたき』、サニーデイ・サービス『the CITY』などのジャケット写真や『BRUTUS』『SWITCH』などのエディトリアルでも多くの撮影を行っている。