愛媛への郷土愛があふれる酒場では、愛媛ならではの肴と特産の多種の柑橘を使ったサワーが愉しめます。江戸の“飲み倒れ”の精神を、「飲むことに人生を懸けて」追求する神林先生が、自身のミニコミ「ひとり飲みの店ランキング2019」25軒より、選りすぐりの酒場を紹介します。
昔から上野・浅草には郷土料理店が多い。上野は集団就職(われわれ定時制高校も彼らの受け入れ先だった)など東北からの玄関口だったこともあり、みちのく(津軽)料理「北畔」、奥様公認酒蔵「岩手屋」「あおもり湯島」など東北の店が多かった。
浅草にも新政酒造直営の秋田料理「あらまさ」があったが、残念ながら2016年に閉店した(せっかく日本酒“No.6”“colors”などのニューウェーブが大人気になっているのに)。
浅草で目立つのは、「駒形どぜう」「どぜう飯田屋」、葱鮪(ねぎま)鍋の「一文」などの江戸東京の“郷土”料理店だ。
ウェブサイト「郷土料理ものがたり」(ナノ・アソシエイツ)では、蕎麦、江戸前鮨、天丼、おでん、もんじゃ焼き、焼き鳥までも東京の郷土料理として載せており、浅草にはこれらの店も多い。江戸からの庶民的な文化をもっとも色濃く残している町だからだろう。
観音裏の人気店「笑ひめ(えひめ)」(9位)は、文字通り愛媛料理の居酒屋。女将は愛媛出身の「笑顔の素敵なお姫さま」遠藤美香里さん。着物の上に割烹着というスタイルもかわいい、人気の美人女将だ。
女将は演劇の専門学校に入るために上京。劇団の養成所を経て、演劇を続けながら浅草「むぎとろ」でも働いていた。
そのとき、毎月1回のペースで大酒を飲みながらの句会を開いていたのが、テレビ番組『酒場放浪記』でもおなじみの吉田類さん。女将は類さんの担当だった。
その後、2009年に独立し、自身の店を開いたのである。
演劇時代の芸名も「むぎとろ」での呼び名も「みかん」だったので、店でも「みかんちゃん」と呼ばれたり、本名から「みかりん」と呼ばれたりしている(ちなみに僕は、親しくなった店でもニックネームやファーストネームでは呼ばず、女将とかママとか呼ぶタイプ。常連気取りをするのが苦手だし、馴れ合いの関係にもなりたくないから)。
女将は、自らの経験から若い人たちを応援したいという思いで、店で働く女性たちも歌手の卵や役者の卵。妙齢な美女たちの店とくれば……おじさんファンが多いはずである。
「おてい」「わらや」「味昌」……。この辺りは表通りと裏道に酒場長屋が続いていたのだが、時代とともにほとんどは閉店し、民家になったりしている。「笑ひめ」はその長屋の一角にあり、カンター7席に小上がり8席。2階の座敷では宴会もできる。
角度の広いL字のカウンターは客同士も顔が見渡せ、居心地のいいアットホームな空間となっている。この店は、女将やお客さんとの会話を楽しむ店、地元の情報交換ができる「ひとり飲みの店」にもってこいの店だ。
「ザ・居酒屋」というこしらえから、ドラマなどのロケ地としてもよく利用され、テレビ東京『リバースエッジ大川端探偵社』(2014年)では「笑ひめ」の女将役として本人が出演し、何とオダギリジョーさんと共演!
吉田類さんの映画『今宵、ほろ酔い酒場で』(2017年)では類さん自身が出演している。
そして、急逝された大杉漣さんも亡くなる数日前に居酒屋の親父役でこの店の板場に立っている(TBSドラマ『ゴクドルズ』)。
メニューには、名物じゃこ天、じゃこかつ、いもたき、鯛めし、今治風焼き鳥、センザンキなどの愛媛料理が並ぶ。
なかでも、“いもたき”は里芋、鶏肉、にんじん、しいたけ、こんにゃくなどを炊いた上品な甘さの料理で、甘辛い山形の「芋煮」とはまた一味違う。
“センザンキ”とは鶏の唐揚げのことで、中国語の軟炸鶏(エンザーチ)が語源だという(北海道のザンギも炸鶏が語源だ)。
酒も愛媛の日本酒・焼酎のほか、愛媛名産の柑橘類を使ったサワーが何種類もあるのが嬉しい。「梅錦」は、1970年代後半からの「第一次地酒ブーム」の頃によく飲んだ酒。それまでは大手メーカーの酒以外はなかなか飲めなかったので、こんなに香りのいい日本酒があったのかと驚いたものだ。
柑橘サワーに使用する伊予柑、でこぽん、清見などは女将の実家の山で採れたものを使用。季節によって品種が変わる。
いつも笑い声が絶えない温かい空気感に包まれたこの店で、女将の笑顔と愛情のこもった料理に癒されに「来とーおみや」(伊予弁・来てみませんか)。
つっても、「みかりん」に惚れちゃいけねーぜ。何たって隣の「洋風酒場 遊屋(ゆうや)」で旦那が働いてるってんだからよ(江戸弁?)。
なお、「笑ひめ」のFacebookにはこの記事の撮影風景もアップされていますので、合わせてご覧ください。
――2019年6月20日につづく。
文:神林桂一 写真:大沼ショージ