5月病なんですよ。なんて言いながら、10連休の後はうまくいかないことがあると、なんでも5月病のせいにしています。これって、5月病の仮病ですよね。いけないなぁ。
春。近所の洋食屋さんが店を畳んだ。
僕がこの店に行ったのは、たまに、本当にたまに、数で言うなら1年に1回か2回。累計でも片手で足りるかもしれない。
けどね、店の前を通った数はあまりにも多すぎて、ちょっと想像がつかない。家から駅までの途中に店はあるので、1日2回のルーティン。駅で忘れ物に気がついて家まで取りに帰ったら、往路だけで3回だもんね。
閉店を知ったのは、まだ寒かった頃。
いつものように、店の前を通り過ぎようとしたら、貼り紙が目に留まった。老眼鏡をかけて読んでみると、これまでの感謝を述べた文章の最後に、閉店しますとある。あぁ、もう。常連でもないのに、センチメンタル。そんな気持ちになるくらいなら、もっと食べに行っとけよ。自分を叱りたくなる。
最終日が近づくと、毎日、貼り紙が変わった。
閉店まで、あと10日。カニクリームコロッケのランチは今日が最後です。
えーっ、まだ10日もあるのに、カニクリームコロッケはもう食べられないの?
閉店まで、あと6日。今日の夜はスペシャルディナーをご用意しています。
もー、当日に言わないでよ。今日の夜は予定があるんだからさ。
毎日がこんな感じで、うずうず。なんだけど、結局、その店のドアを開けたのは、閉店の1日前ですよ。口先だけの男なんだよ、お前は。自分を責めたくなる。
けどね、店に入ると、ちょっと拍子抜け。
閉店を惜しむ客で満席だと思って予約をしたのに、客は僕を含めて4人しかいない。なんだよ、みんな薄情だな。顔も知らない常連客に対して恨み言を言いたくなる。
お冷を運んできた店員さんに、閉店するんですね、なんて声をかけると、そうなんです、ずっとマスターの体調が悪くて、なんて言う。そうだったのか。これはまたつらい話だわ。聞けば、閉店の貼り紙を出してから客がひっきりなしで、マスターはヘロヘロ。ここ3日間は、1日3組の予約しか取ってないという。あら、そういうことだったんですね。会ったこともない常連客に謝りたくなる。
帰り際、店主が挨拶にやって来た。店の歴史は40年とちょっとだと言った。後継ぎもいないし、持病のヘルニアが悪化して限界なんでね、年号も変わるんで潮時だと思ったんですよ。そんな話を聞いて、店を後にした。
年号が変わるときに、大切な決断をした人は、いっぱいいるんだろうなぁ。
今日もまた、僕は店の前を通る。
どうやら、洋食店があった場所には、近々、新しい店ができるらしい。
dancyu web編集長 江部拓弥
写真:遠藤素子