16回目を迎えた、にいがた酒の陣。年々、熱狂は増し、2019年は2日間で14万人を超える酒飲みが新潟で酒を醸す83の酒蔵に挑んだ。飲み放題である。時間無制限である。さて、日本酒の現場を取材し続けて30年余の藤田千恵子さん。2年連続2回目の参戦となった今年は、日本最大の酒の祭典に何を見たのでしょうか。
人生で、こんなにもたくさんの酒飲みを一度に見たことがあっただろうか。朝から開場を待つ人たちの長い長い行列は、いったい、何百メートル?
午前10時の開場と同時にわんさかと入場者が押し寄せて、各酒蔵のブースは見る見るうちに黒山の人だかりに、こんな光景、見たことない!
私をそう驚愕させた昨年の「にいがた酒の陣2018」では、2日間の入場者は14万人を超えたと聞く。あれから1年。今年はさらに入場者の増加が見込まれる予想の会場・朱鷺メッセに到着すると、まだ正午前だというのに、すでに黒山の酒飲みだかりになっている。こんなにたくさんの人が、「日本酒を飲む」という共通の目的を持って、この地に集ってきているのだ。なんという吸引力。受付でお猪口と和らぎ水を受け取って、会場内へと入ると日本酒の匂いと共に焼いたイカの匂いも漂っている。ああ、またにいがた酒の陣に来たー、という感激が蘇る匂いである。
酒の陣という名だけあって、「いざ出陣」「参戦」というハヤル気持ちにもなるのだが、今年の参加蔵元は83蔵。各蔵一杯ずつ飲んだとしても83杯を飲むことになる。……無理だ。
しかし。参加者の中には、全蔵制覇を宣言する猛者もいるという。なんとも勇敢な話なのだが、しかし、誰もが勝者になれるわけでもなくて、途中で力尽き、舞台から退場となる参加者も少なからず出るという。なのでハナから「これは負け戦なのだ」と自分に言い聞かせておく。酒の陣では、負けるが勝ち、なのだと。
それにしても、絞ったばかりの新酒生酒各種を県内各地の蔵元自ら、あるいは蔵人さん達が直接注いで下さるというのは、なんという嬉しさだろう。アイドルの握手会に参加するような喜びなのではないか。造り手から注がれる酒は、その美味しさもさらに高まる気がする。
会場内には、サッカーのサポーターたちのように顔にペタペタと白い紙を張り付けている人たちもいる。「なに?」と近づいてみると、それは「真野鶴」「越乃寒梅」などと銘柄名が記された白いシールで、新潟酒の陣を盛り上げるためのグッズとして、そこかしこのブースで配られているのだった。
さて。酒ばかりを飲んでいては、早々に泥酔してしまう。ということで、名物の飲食ブースのコーナーへと移動する。ここでは、新潟県内の郷土食あれこれや「酒の陣限定・新潟グルメ」と名付けられた料理各種が味わえるのだ。しかも、立食ではなく、テーブルと椅子も多数用意されている。
多彩なメニューのうちのほんの一例を紹介すると、「真牡蠣のガンガン焼き」「鮎炭火焼き」「つぶ貝酒蒸し」「佐渡牛炙り丼」「へぎそば+そば屋の鴨ロース煮」といった具合で県内の食材を生かした料理が並ぶ。このほかに「バスセンターのカレー」という話題作の出店もあり、私は「おお、テレビで見たアレか」と直行してみたのだが、残念、大人気で品切れ、再度の仕込み中だった。かわりに注文した「牡蠣玉蕎麦」は、牡蠣がゴロゴロと入った玉子とじ蕎麦で、出店のチープな印象を払拭する上品な味わいだった。蕎麦を食べ終えると、今度は、わらび餅やイチゴ大福といったデザートをお盆に載せた売り子さん達が通りかかる。米どころの新潟は、餅菓子天国でもある。さらには、酒米の五百万石でつくった柿の種の小袋も売られていたりして、酒飲みの心はくすぐられっぱなしとなる。
グルメコーナーでくつろいでいると、「新潟清酒達人検定」と印刷されたネームカードを首から下げた女性が隣席にやってきた。カードには金色が使われている。しばらくすると、今度は銀色の人も通りかかる。あなたの持っていたのは、金の斧?銀の斧?……ではなくて、清酒達人にも金、銀があるようなのである。これも御縁と詳しい説明を聞いてみると、「新潟清酒達人」とは、日本酒の知識を問われる検定試験に合格した人に授与される名称で、試験内容の難易度によって金、銀、銅と、達人のランクも3種類に分かれているのだそうだ。年に一度の認定試験は、各90分(!)で新潟酒の陣と同時開催とのこと。
詳しい情報を求めて検索してみた新潟県酒造組合のHPには「高い品質で人気の新潟銘酒の知識を深め、良さを発見して認識することで新潟銘酒への興味や愛着を育むこと」を目的とすると書かれていた。さらには「新潟への深い理解、新潟を訪れる人の増加につなげることも目的」であると。新潟が一大銘醸地であることは誰もが知ることだが、愛飲家たちが清酒達人の認定試験にも挑むとは。新潟の人たちの地酒への深い愛着、それゆえ、さらなる知識を求めようとする向上心に触れた思いだ。ただ、飲んでいるだけではない、愛飲家たちの団結があるのだなあ。
再度、酒ブース会場へと戻り、同じ蔵内で醸された生酒、無濾過生原酒、大吟醸、吟醸、純米酒などなど、イベントならではの各蔵の並行飲みを楽しむ。同じ蔵の酒がさまざまに異なる表情を見せるのも面白くて、ついついおかわりを重ねるうちに、当然のことながら、どんどん酔っぱらいになっていく。時間の経過と共に会場内には、私のような状態の人が増えてきて、夕方ともなるとガッチャンとお猪口が割れる音を聞く回数も増えてきた。
午前10時から午後6時まで、無制限の飲み放題。ゆえに泥酔者も少なからず出てしまう。実は、この酔客の安全を考慮することも含め、来年度からの新潟酒の陣は、参加ルールの見直しが図られ、システム改正が決定したのだという。では、その新システムとはどのようなものに?
――つづく。
文:藤田千恵子 写真:当山礼子