日本一の日本酒イベント「にいがた酒の陣」に行く。
島本理生さん、にいがた酒の陣へ行くの巻。

島本理生さん、にいがた酒の陣へ行くの巻。

島本理生さんは、直木賞作家である。島本理生さんは、日本酒が好きである。島本理生さんは、今年のにいがた酒の陣に行き、その前にちょっとだけ寄り道したのだった。

日本酒に誘われて、ちょっと新潟へ。

春が来ると、日本酒を呑みたくなる。
寒くて無精を決め込んでいた体も軽くなって、食とお酒を求めて今夜はどこへ行こうかな、という気分になる。

一杯目はビールで喉を潤し、ワカサギや山菜の天ぷら、ほたるいかに焼きそら豆なんかを注文したら、二杯目からはやっぱり日本酒がいい。
お猪口片手に繊細な春のほろ苦さを味わうと、冬眠から覚めたような心地になる。
一人呑みもいいけれど、誰かと分かち合うのも好きだ。
相手の好みによって、超辛口、季節限定酒、燗酒……とまだ自分が知らなかった扉が開いたりする。
最近では、日本酒好きの知り合いと飲んでいたときに
「濁り酒も、燗をつけて呑めますよ」
と教えてもらった。
試しに分けてもらったら、酸味と甘さがいい感じに柔らかくなっていて驚いた。子供の頃、風邪気味のときに温めて飲んだカルピスが美味しかったことを、ちょっと思い出した。

3月に新潟で、大規模な日本酒イベント「にいがた酒の陣」が催されると聞き、日本酒好きの編集者さんたちと遊びに行くことになった。

数日前から日本海側の天気予報をチェックして、夜冷え込んだときのために、セーターや指ぬき手袋やストールをキャリーバッグに詰めた。

お土産の酒瓶を入れるスペースは空けて、六割程度の荷物におさめて閉めれば、準備万端である。
当日、駅弁片手に東京駅から上越新幹線に乗り込むと、食べてお茶を飲んで米津玄師の曲を聴いているうちに、あっという間に到着していた。

ちなみにこの「にいがた酒の陣」、前年は二日間で約十四万人の来場者があったという。たしかにお酒に誘われてぶらっと遊びに来るのに、気軽でいい距離だ。

スーパー銭湯と回転寿司を目指してみたけれど。

新潟駅前は快晴だった。日本海側の厳しい寒さを覚悟していたので、拍子抜けするほどである。着込んだ体で歩き出すと、汗がうっすら滲む。編集者さんたちとはホテルのロビーで合流することになっていたが、まだ時間があった。

出発が早朝でシャワーを浴びれなかったこともあり、よし、地元の温泉で軽く汗を洗い流してからお寿司を食べよう、と私は思いついた。
それが、間違いだった。
グーグル検索でスーパー銭湯と回転寿司を見つけたので、目見当で一駅分くらいの距離だと判断し、キャリーバッグをガラガラ引きながら歩いていくことにした、のだが。
十分後、着かない。
二十分後、着かない。
四十分後。
歩き疲れて、両足のよく分からない部位が痛くなっていた。

結局、四十五分かかった回転寿司屋に入店する頃にはふらふらで、空腹もピークに。ビールでも飲みたい気持ちを堪えつつ、白魚や真鯛の握りなど旬のネタを注文していく。新鮮な魚はくせがなくさらりと甘い。

胃が満たされると、はあ、といっぺんに体の力が抜けた。会計をし、そのまま近くのスーパー銭湯「女池湯ったり苑」へ。
施設内は綺麗で、のんびりとして居心地良く、露天風呂から見上げる青空は澄んでいた。

受付でタクシーを呼んでもらい、運転手さんに徒歩で来た話をすると、わはは、そりゃあ遠かったでしょう、と盛大に笑われつつ

「お客さんもお酒好きなんですか? にいがた酒の陣はね、女の人も意外と多いですよ。女性だけのグループで来たりしてね。女の人だってね、強い人は呑むからねえ」
などと教えてもらった。

ホテルのロビーに到着すると、午後二時に約束をしていた担当編集者のA子さんが待っていた。
ちなみにI原さんというベテラン男性編集者も一緒のはずだったのだが
「同じ新幹線のはずだったんですけど、むこうがホームを間違えて、乗れなかったんですよ!」
とのこと。担当作家は地図の距離も読めずに新潟をさまようわ、社内の上司は新幹線に乗り遅れるわと、A子さんの日々の苦労が少し偲ばれた。
ようやくI原さんが気楽な口調で
「ごめん、ごめん。お待たせしました」
と登場すると、三人で会場へと向かった。

ちなみにI原さんは海外旅行の出国時にも、自分のと間違えてうっかり妻のパスポートを持ってきてしまい

「お顔が違うようですが」
と困惑している空港職員に、
「なんとかならないですか?」
と頼んだこともあるという(なんとかなったら、そのほうが怖い)。

――明日につづく。

文:島本理生 写真:当山礼子

島本 理生

島本 理生 (作家)

1983年、東京都生まれ。2001年、『シルエット』(角川文庫)で群像新人文学賞優秀作を受賞する。精力的に小説を書き続け、『リトル・バイ・リトル』(角川文庫)、『ナラタージュ』(角川文庫)、『大きな熊が来る前に、おやすみ。』(新潮文庫)、『君が降る日』(幻冬舎文庫)、『アンダスタンド・メイビー』(中公文庫)、『わたしたちは銀のフォークと薬を手にして』(幻冬舎)など、著作多数。2018年、『ファーストラブ』(文藝春秋)で第105回直木三十五賞を受賞する。